第276話 見舞われて 前編
昨日計画した通り、詞幸が部活を休むという情報は季詠から愛音に伝えられたようで、愛音は今日の部活に顔を出したらしい。夜、季詠たちからの連絡でそれを知った。
(自分から言い出したこととはいえ、やっぱり俺が原因だったっていうのはショックだけど…………)
それでもこれでいいと思って彼は眠りについた。自分の気持ちを押し通して彼女が不幸になることは彼の本意ではないのだ。
だが、いくら強がったところでつらいものはつらく、告白の返事を待ち続けるという心理的ストレスも相まってか、朝起きると彼は熱を出していたのである。
「38℃ね。今日は家で大人しく寝てなさい。病院連れてこうか?」
「いい……。一人で行ける……。学校に連絡だけしといて……」
「そう。じゃあ母さん行ってくるわね? 早めにパート切り上げてくるから」
「行ってらっしゃあぁい……」
力なく母親に手を振る。
(はぁ……このタイミングで学校を休んじゃ愛音さんが責任感じちゃうかもなぁ……)
そんなことを心配したのだが、体は倦怠感に支配されて言うことを聞かない。母親にはああ言ったものの起き上がることもできず、彼は再び眠りの底に落ちていくのだった。
――カシャッ。
「――ん? んん~?」
自室のベッドでぐっすり眠っていた詞幸の耳にその異音はハッキリと届いた。
気持ちいい安眠を妨げられた不愉快さと共に重い瞼を押し上げる。
果たしてそこには――
「えっ? 御言さん?」
話術部部長がベッドの横で椅子に腰かけていた。
詞幸の声に気づいた彼女は勢いよく彼に振り向き、次いで悪戯を見つかったようなバツの悪そうな顔で驚き、そして手にしていたスマホをサッと後ろ手に引っ込めた。
(ああ、スマホのシャッター音だったのか……。でも、なにを撮って……?)
御言が振り向いたということはついいままでどこか違うところを見ていたということである。
どこを見ていたのか、撮るべきなにがあったのか。寝起きで動きの鈍ったままの頭で考え、視線を動かし、自身の体勢に気づいた詞幸は慌てて下着の内側から右手を引き抜いた。
「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
寝ぼけモードだった意識が一気に覚醒する。
「なにしてるのッ!? ホントなにしてるの!?」
手をどけたところで寝起きの生理現象が収まるわけもなく、彼はいつの間にかはねのけていたタオルケットで下半身を隠した。
(あっぶなああああああああぁぁぁ!! ちゃんと穿いててよかったあああああぁぁ!!)
真夏ほどではないものの、残暑の寝苦しさで起きたら丸出しになっていることもあるのだ。
その点は不幸中の幸いと言えよう。そもそもの不幸が大きすぎる感は否めないが。
「うふふっ、こんなにしてしまって――いったいどんな素敵な夢を見ていたのでしょうか。もしかして、夢の中のわたくしが詞幸くんをこんなにしてしまったのですか?」
口元に手を添えて御言が恥じらう。その頬は紅潮してとても興奮しているように見えた。
だが正直に言うことはできない。それは御言以外が夢に出てきたからではなく、彼女がバッチリガッツリ出てきて官能的なアレコレをしてしまっていたからである。
「そ、そんなことよりっ! 御言さん…………撮ったよね?」
「なんのことでしょう」
「いや、なんのことって……俺のこの……下品な現象のことだけど……」
「はて? 回りくどい表現ですね。ハッキリ言ってくださらないとわかりませんが」
「ええぇぇぇ……っ」
女子に対して身体の部位としてのアレや現象としてのソレを口に出していいのか悩む。
「なんです? もしかして詞幸くんはわたくしがなにか変なものを撮ったと言いたいのですか? 例えばその………………………………ぼ、●起した……お、お●んちんなどを」
言った。
ハッキリ言った。
「きゃっ。おち●ちんなんてお下品な言葉を口にして、わたくしはなんてはしたない女の子なのでしょう!」
とは言いつつも、言葉とは裏腹に彼女はどこか嬉しそうに体を揺らす。
自分の言葉に自分で興奮していた。
「いくら大好きな詞幸くんのおちん●んだからといって恥ずかしげもなくおちんち●を口にするだなんて――あっ、いまの口にするというにはお●んちんを口に含むという意味ではなくてですね――」
「わかったから! もうそれおちん●んって言いたいだけだよね!」
熱も倦怠感もいつの間にか感じなくなっていたのだが、御言のせいで詞幸は気づいていなかった。