第274話 文化祭2日目⑮ 想いの行末
「こほんっ。いろんな言い方をしたけど、つまり俺は愛音さんとお付き合いをしたいんだよ」
詞幸は打撃を受けた胸部をさすりながら仕切り直した。
「愛音さんと過ごす時間はいつも楽しくて幸せな気持ちになるんだ。だけどそれだけじゃ満足できなくて、クラスメイトとか部活仲間とか友達とか、そういういまの関係の先に行きたいんだ。だから、ちゃんとした返事がほしい」
今度は静かに想いを伝える。熱くなってはまた失言するだけだ。
そんな真摯な告白を受けた愛音は、
「う~~~~~~~~~~~~~、困る……………………」
両手で頬を押さえ、耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
涙目になるほど恥ずかしがる彼女はとても珍しい。
「好き、とか、急にそんなこと言われても………………。男に告られたことなんてないから、そういうのよくわかんないし…………大体、お前のこと男として意識したことなんてないし…………。なんでいきなり…………急すぎだろ…………」
いつもの威勢のよさはどこへやら、むず痒さに悶えるように体をくねらせ、声は弱々しく戸惑いに満ちていた。
「それにお前、ミミとしののんに告られてるだろ…………? 正直……アタシなんかよりアイツらを好きになった方がいいんじゃないか…………?」
「ううん、俺は愛音さんのことが好きなんだ。俺を好きになってくれてる人がいるからって、この気持ちを曲げることなんてできない。止めることなんてできない。キミじゃなきゃ意味がないんだ」
いままでの彼ならば恥ずかしくて言えなかった言葉が次々と紡がれるのは、狼狽える愛音を前にすることで逆に落ち着いていられるからだ。
「う~~~~~~、どこに伏線があったんだよ~~~~…………。なんでおっぱい大好きなお前がアタシみたいなロリロリなのを好きになるんだよ~~~~…………。もしこれがラブコメなら急展開過ぎて読者が暴動起こすレベルだろうが~~~~~…………」
「ええぇぇ……俺けっこういろいろやってきたと思ってたんだけどおぉ…………」
彼女に近づきたい一心でやってきたあれこれがまるで実を結んでいなかったということは非常にショックな真実だった。
(ていうかこれ、完全にフラれる流れだよなあ………………)
人生最大の試練とも言うべきこの愛の告白に、詞幸は一縷の望みをかけていた。
普段はそっけない態度をとる愛音だが、表に出さないだけで実は自分への恋心を芽生えさせているのだと、その可能性を信じていたのだ。
だがこれまでの会話から察するに、どうやらそんなことはないらしい。
「あの、そもそもの話なんだけど…………男は恋愛対象になるの?」
それは、彼の恋を根幹から揺るがす大きな問題として認識しながらも、その性質を鑑みて軽々に聞けなかった核心だ。
愛音はこれまで季詠をはじめとして女性にしか性的興味を示してこなかった。男に関心を向けたことは一度もない。
彼女にとって男は恋愛対象となるのか。
大前提となるべきことが、詞幸は未だわからずにいるのだ。
「う~~~~~~…………男と付き合うなんて考えたこともなかったから…………アタシ自身にも、よくわからないんだが…………」
愛音はそっぽを向いてどこか拗ねたように答えた。
「たぶん…………なる……」
「本当!?」
「な、なに嬉しそうな顔してんだ! アタシは男がそういう対象になるかも知れないって言っただけで、お前がその対象になるとは言ってないんだからなー!」
「うん、わかってる! わかってるよ!」
親友として彼女のことをよく知る季詠が愛音との仲を取り持つと約束してくれたのだから、おそらくは大丈夫だろうと思っていた。しかし、この恋が絶対に報われないものではないとわかったことは彼にとって福音であった。
「ぬか喜びするなよ。…………正直言うと、いまは急な告白に混乱してて頭がうまく回ってないんだ。胸の中もグチャグチャで…………一度ゆっくり整理したい」
愛音は申し訳なさそうにしながらも、今度は決して詞幸から目を逸らさなかった。
「だから返事は、時間をくれ」
「そっか…………」
その返答は寂しくもあり、けれど同時に安堵してしまうものでもあった。
「待つよ。本気で好きだから、いつまででも」
「悪いな………………」
一人になりたい。
愛音がそう言うので詞幸は彼女を残して屋上をあとにしたのだった。
その後、翌日には文化祭の片付けがあり、二日間の振り替え休日を挟んで通常授業と部活動が再開したのだが――愛音は話術部に姿を見せなくなった。