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第270話 文化祭2日目⑪ 得にならない嘘

「いやー素晴らしいミュージカルだったな! 舞台の裏側――もとい、演者の内側まで知っていると楽しさも倍増だな!」

「俺はハラハラしてなんだか疲れちゃったよ……」

 御言(みこと)のミュージカルを見終えて憔悴しきった詞幸(ふみゆき)は、対照的に元気溌剌な愛音(あいね)と共に話術部の出店しゅってん場所へと向かっていた。

 楽しかった文化祭も残るところあと約1時間。その最後を彼女との部活当番で締めくくるためである。

(愛音さんとは文化祭を一緒に回れなかったけど、たとえお仕事でも二人きりで過ごせる機会は純粋にありがたい! よおっし、スマートな接客で愛音さんにいいところを見せるぞお!)

 と勤労への強いやる気を漲らせていた詞幸が出店でみせの近くに辿り着くと、季詠(きよみ)詩乃(しの)が大きな喝采を上げていた。

「お買い上げありがとうございました~~! ふふっ、やったね詩乃! 完売だよ!」

「うん! えへへっ、やったぁ~~! 全部売り切った~~~~!」

 彼女らが肩を組むと周囲の生徒や来場客から拍手が湧きおこった。二人は恥ずかしそうに恐縮しながらペコペコ頭を下げてそれに応じる。

 詞幸と愛音も拍手をしながらその輪の中に入っていった。

「二人共お疲れさま! すごいね、あれだけあったCDを売っちゃうなんて!」

「あ、ナッシーズじゃん! そういやアンタらが最後の当番だったっけ」

「だからアタシらを売れないコンビ芸人みたいな名前で呼ぶんじゃない!」

 ツッコミの手刀を放つ愛音も受け流す詩乃もその表情は晴れやかだ。自分たちが苦労して作り上げたものが成果を出したのだから嬉しくないわけがない。

「まぁそれだけ私たちの恥ずかしい音声がいろんな人たちの耳に届いてしまうってことなんだけど…………うんっ、細かいことは忘れよう!」

 季詠はその表情を複雑に歪めていたが、9割がた笑顔になった。

「いやあ、ほんとに嬉しいよ! これで俺たち話術部の実績ができて来年も活動できるわけだし! これは盛大にお祝いしないとね!」

「おっ、たまにはいいこと言うなー、ふーみん! そうだな、このあとの店番もなくなったんだ。最後はみんなでパーっと豪遊するかー!」

 愛音は小さな身体で欣喜雀躍している。

「そうと決まれば善は急げだ! 早くしないと文化祭自体が終わってしまうからな! それと途中でミミとルカも合流できるように連絡を――」

「ちょ、ちょっと待って愛音!」

 スマホを取り出した愛音を季詠が止めに入った。

「なんだキョミせっかくのお祝いムードなのに。まさかいつもみたいに健康に気をつけた食事がどうとか言って水を差すんじゃないだろうなー」

「そうじゃないけど…………あ、ほら、まずは片づけないと! お金を置きっぱなしってわけにもいかないし、売り上げ金の勘定もしないといけないし! 間違いがあったら大変でしょ!?」

「まー、そりゃ確かに……。けどそんなのはあとでもできるだろ? お金なら持ち歩けばいいし。あとでできることは後回しにして、いましかできないことをするべきじゃないか?」

「まぁ……そういう考え方もできなくはないけど……」

 歯切れ悪く答える。すると今度はなにかに気づいた様子の御言が口を開いた。

「あっ、あ~~。でもほら、持ち歩いててもしなくしたらヤバい額だし、それにこのまま机とかのぼりとかそのままにしとくとまたお客さん来ちゃうじゃん? せめて『完売しました』とか張り紙でもしとかないと。そのためにはペンとか紙とか取りに行かないといけないし~」

「そうそうそれそれ! 詩乃冴えてる!」

「…………ならさっさと作業に移らないか?」

 怪訝な表情で愛音は首を捻る。

「ううん、私と詩乃だけでできるよ! だから愛音は詞幸くんと一緒に文化祭回って! ね!?」

「いや4人でやった方が早いだろ。――ん? あれ、キョミいまふーみんのこと名前で」

「あ~もう察しの悪いヤツ!」

 唐突に詩乃が苛立ちの声を張り上げた。かと思えば今度は小声で愛音に耳打ちする。

「ウチらは店番で動けなかったから早くトイレに行きたいの! なのに4人で行動することになって詞幸を何分も待たせたら恥ずいでしょ!? 早くアイツをどっかに連れて行きなさいよ!」

「わ、悪い、そうだったのか! そうだよな、お前もふーみんのこと好きなんだもんな!」

 この会話は詞幸には届いていない。だから彼には状況がなにもわからなかったが、次の愛音の一言が疑問をすべて塗り潰した。

「よっし、ふーみん! 二人で祝賀会だ! 行くぞーついて来い!」

「う、うん!」

(なんだかよくわからないけど文化祭デートだ! 思い出を作って愛音さんとの距離をぐぐっと縮めるぞお!)

 詞幸は愛音と共に去ってゆく。その後ろ姿を見つめ、残された二人は苦笑するのだった。

「ホント詞幸ってば世話がかかるんだから。アレ絶対ウチらの気遣いに気づいてないっしょ」

「ごめんね詩乃。私の思い付きに合ってもらっちゃって……。迷惑じゃなかった?」

「いいのいいの。詞幸は自分よりウチらを優先してくれたんだし、最後くらいアイツのためになにかしたかっただけだから。それよりさぁ………………アンタはいいの?」

「ふふっ、私もいいの。詩乃と同じ。…………本当は、ちょっぴりヤキモチしちゃうけど」

 一瞬の間。呆気にとられた詩乃は、季詠の挑発的な目を見て牙を剥くように笑った。

「きゃははっ! ききっぺも素直になってきたじゃん! 恋愛ってのはそうでなくっちゃね!」

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