第269話 文化祭2日目⑩ ドキドキの舞台
部活当番を終えた詞幸は詩乃と別れ、その足で講堂へと向かっていた。
「あっ、愛音さん!」
「おっ、ふーみんか」
その道中で見かけた彼女に笑顔で駆け寄る。
「クラスの当番は終わったんだね」
「ああ、開演に間に合うように大急ぎで着替えてきたんだ。猫耳魔法少女姿じゃ悪目立ちするからな。お前もこれからミミの晴れ姿を見に行くんだろ?」
「うん。昨日は都合がつかなくて見られなかったからね。御言さんからも是非見に来てほしいって言われてるし、なんてったって御言さんが主役なんだから、見逃すなんて絶対にできないよ」
そう、講堂ではこれから御言のクラスの発表があるのだ。廊下に貼ってある宣伝チラシには彼女のドレス姿の写真が単独で載っている。
「主演なんてすごいよなー。ミミはホント多才だよ。話術部の中だとただの色ボケお嬢様なのに」
「酷い評価だけど…………言われたら本人も喜びそうなのがなんとも…………」
本校舎から伸びる渡り廊下を共に進んでいくと次第に人の数が増していった。そのときから覚悟はしていたのだが、講堂に入ると開演15分前でほぼ満席状態だ。
「うわっ、すごい数だねえ…………! 一般客の人たちも大勢入ってるし…………。高校の文化祭で、しかも演劇部でもない普通のクラス発表でここまでの人が入るものなんだねえ」
ステージに近い前方はもとより2階席までが観客で埋まっており、二人並んで座れる空席は見つけるのもやっとだった。
「これがほとんどミミ目当てだってんだから驚きだよなー」
「え? 御言さん目当て?」
「なんだ知らないのか?」
首を横に振ると、シートに腰を下ろした愛音は人差し指を立てて解説してくれた。
「昨日の公演がすごかったって口コミで広まったんだよ。プロレベルの歌姫の本格的なミュージカルをタダで見られる――ってな。ミミのクラスメイトたちも上手いこと考えたもんだ。自分たちは裏方と端役に回って、『学校のマドンナ』を前面に押し出したんだからなー」
「『学校のマドンナ』って……なんだか古風な称号だねえ」
『姫』と呼ばれていることは昨日知ったが、そんな呼称まであったとは。
「今時ラノベヒロインの設定でも使われないようなコテコテの称号だろ? だが実際そのくらいに高嶺の花なのがミミだ。昨日の時点でも相当客の入りがよかったらしいしなー」
「はあー、そんなに人気者だったんだねえ。知らなかったよ」
「にひひっ、そんな相手から愛されちゃってるお前も大概だけどなー。ほら、ここはひとつミミにメッセでも送ってやったらどうだ? お前が見に来てくれてるかどうか不安がってるかも知れないぞ?」
「確かに……。開演直前でスマホを見られる状況かわからないけど、送るだけ送ってみようかな」
愛音の横でそんなことをするのは御言に気持ちが傾いていると捉えられかねない悪手だが、それでも御言を勇気づけたいという気持ちを優先することにした。
『後ろの方の席しか取れなかったけど見に来たよ。応援してる。頑張って!』
「よしよし、送信したな。アタシが隣にいることに触れてないのもグッドだ。――おっ、早速既読が付いたぞ! にひひっ、ミミのヤツ、お前からのメッセを心待ちにしてスマホをずっと握り締めてたんだろうな!」
「そ、そうかもね……」
ただの想像だというのに、その姿を思い描いてあまりのいじらしさにどうにかなってしまいそうだった。
「おおっ、早速返信が来たようだぞ! どれどれ、アタシにも見せてくれよ」
「あっ、ちょっと!」
自分宛てのどんな甘酸っぱい想いが綴られているかわからないのに人に見せるのかはいかがなものか。そう思って手を引っ込めようとしたのだが、その前に愛音が首を突き出すように覗き込んできたのでそれは叶わなかった。
結果論から言えば、その文面に愛の文句などは含まれていなかったため詞幸の心配は杞憂に終わった。
しかしだからといって問題がないわけではなかった。
残念なことに、人に見せられるような文面でないことに変わりはなかったのである。
『わざわざ見に来てくださってとっても嬉しいです! お礼としてビッグな情報をお教えします! なんとわたくし……下着を穿いていないのです! 驚きましたか? 興奮しますか? わたくしは大興奮です! 多くのお客さんたちの視線が下着を穿いていないわたくしに注がれるのです! しかも詞幸くんは下着を穿いていないわたくしの姿を妄想して凝視してくれるのです! ゾクゾクしちゃいます! 今日の公演でわたくしは一段階成長できる気がします! それでは、わたくしのノーパンミュージカルを心ゆくまでご堪能ください!』
「なにこれえぇぇぇぇ!!」
「エラいハイテンションなのが伝わってくる文章だな! さしずめノーパンハイってところか! うおーーーっ、メチャンコ楽しみだな!」
ほどなく開演したミュージカルでは、幼少期から声楽を学んでいるという御言の紡ぐ、天上のものと思われるほど美しく響く歌声が観客を魅了した。
しかし、どうしても彼女の下半身に注意が向いてしまう詞幸の頭には内容が入らないのだった。