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第268話 文化祭2日目⑨ ぬいやけEXTRA

「お姉ぇ、やっほー! 先輩、はろ~ん!」

「げっ……!」

 詞幸(ふみゆき)詩乃(しの)と部活当番をしていると、ヒラヒラ手を振りながら香乃(かの)がやって来た。

「むぅ、『げっ』てヒドくな~い? 可愛い妹がちょっと抜けてる姉のことを心配してわざわざ様子を見に来てあげたってのにぃ」

「余計なお世話だし。シッシッ、ほらあっち行きなさいって」

「まあまあ詩乃さん邪険にしないで。いらっしゃい香乃ちゃん。今日は一人なの?」

 彼女はノースリーブにミニスカート姿で全体的ギャルギャルしいのだが、幼い顔立ちからか中学生が背伸びしている感が拭えない。詩乃の真似をしているようだった。

「ホントは友達と来てるんですけどぉ、いまはちょっと別行動してるんです。だって好きな男の子と一緒でキョドってるお姉ぇなんて、妹として恥ずかしくて友達に見せられませんからね~」

「くっ! アンタはまたそうやって人のことおちょくって! 早くどっか行きなさいよ!」

「はいはい、怒んない怒んない。こんなんでヒステリー起こしてちゃ先輩に嫌われちゃうよ? ね~先輩?」

「いや、このくらいで嫌いになったりしないけど……。でも詩乃さんもそんなにキツい言い方しなくてもいいんじゃない? わざわざ来てくれたのに香乃ちゃんが可哀想だよ」

「うっ、でも…………」

 詞幸が(たしな)めると詩乃は若干怯んだ。しかし彼女はなおも「でも……でも……」と歯切れ悪く口にし、視線はなにかを訴えているかのようである。

「?」

 その意図がわからず首を捻る詞幸だったが、その疑問は香乃の言葉で氷解した。

「これなに売ってんの? CD? ASMRって…………あ~~~! 知ってる! エロいやつだ! ほらやっぱりタイトルからしてエロい感じだし! え、これお姉ぇも声やってんの!? うわっ、キモ~~~~~! 鳥肌立ってきた!」

 残暑の屋外で薄ら寒さから腕をさする妹と、涙目になって俯く姉。

「ああ~…………」

 なんと声をかけていいかわからない。友人・知人にすら宣伝できないような内容の代物だというのに、それを家族に知られることの痛みはいかほどだろうか。

「こんな面白いことしてるのに教えてくれないなんてお姉ぇも人が悪いな~。ふ~ん、このCDには妹にも教えられないようなお姉ぇのエロエロボイスが入ってるのか~」

 周囲に聞こえるようにわざと過剰な演技をしている香乃の邪悪な表情と言ったらない。

「くふふっ、せっかくだし1枚ください先輩。家に持って帰って家族に聞かせるんで」

「やめてっ、それだけはやめて! 恥ずか死しちゃうから! 詞幸、絶っっっっ対に渡さないでね!!」

「いやでも、お金出されたら立場上売らないわけにはいかないし……」

「いまそーゆー律義さはいらないからぁ!!」

「お姉ぇマジ必死じゃん! くふふふふふっ」

 腕に縋って懇願するその様を見て香乃は実に愉しそうに嗤う。

「あ~、おっかし~! お姉ぇのエロボイス、パパの仏前でも流してあげよ~っと」

「……………………え?」

 あまりにも自然な言葉だったために一瞬耳を疑った。きっと彼女にとっては何の気なしの一言だったのだろう。いつもの冗談、その延長線として。

 だからこそ驚きに満ちた彼の表情はその場の雰囲気の中でポッカリと浮かんでしまい、香乃にもすぐ状況が呑み込めたのだ。

「……お姉ぇ、言ってなかったの?」

「………………だっていちいち言う必要ないじゃん、友達といるときにそんな盛り下がること。いまみたいな空気になるのはわかりきってるし」

 やれやれと肩を竦めて力なく詩乃は答えた。

「詩乃さん………………」

「そ、ホントのこと。小学生のときに癌でね。何年も前のことだし、高校に入ってからはほとんど誰にも言ったことなかったけど。まぁそれで同情されんのもなんかヤだし、ね」

「そっか…………」

 詩乃はまっすぐ前を向いたまま目を合わせようとしない。その横顔に向けて、彼は言う。

「ぐすっ……俺、詩乃さんのこと勘違いしてたよ…………ズビッ」

「あぁもうっ! なんでいきなり涙腺崩壊してんの!? ほら泣かないでよ鬱陶しい!」

「はぁ……なんていい子なんだ…………ぐすっ。シングルマザーになったお母さんの負担を減らそうと、香乃ちゃんの面倒をよく見るようになったんだね……。詩乃さんが男を求めるのは、お父さんがいなくて寂しいからだったんだね…………ううっ、そうとは知らずに俺は…………」

「ちょっとなに勝手に好意的に解釈してんの!? ウチそんなこと一言も言ってないんだけど!?」

 独りで盛り上がって涙を流す詞幸に辟易しながら声を荒らげる。

 すると香乃がチョイチョイと手を動かして待ったをかけた。

「お姉ぇ、もうそういうことにしときなって。好感度を上げるためなら死んだパパだろうが使えるものはなんでも使った方がいいよ」

「アンタもなに容赦ないこと言ってんの!?」

「だってパパが病院で言ってたんだもん。『パパがいないんだ、って言えばどんな男も父性を刺激されてコロっと行くぞ。パパもそれでママに捕まったんだ。どんな男も食い放題だぜ』って」

「あのバカ親、死に際に小学生の娘になんて汚い言葉遺してんのぉ!?」

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