第266話 文化祭2日目⑦ 教師≠大人
織歌のクラスをあとにした二人が昼食を買い込んで、食べる場所を探していた、そんな折。
「あ、先生」
「あら帯刀さん……と、月見里くん……」
紗百合はバツの悪そうな表情で詞幸を見た。対する彼もどこか居心地悪そうにしている。
「?」
そのことを訝りつつも季詠は紗百合に尋ねた。
「文化祭中って先生はどんなお仕事してるんですか?」
「見回りよ。いまちょうど当番から戻って来たトコ。文化祭中は老いも若きもとにかくいろんな人がたっくさん来るから、不審者が紛れてないか、トラブルが起きてないか、ってずぅーーーっと見回りばっかりで大変なのよぉー……!」
「お疲れ様です……」
「いやあ、大変ですね……」
背中を丸めて本当に疲労困憊と見える彼女に、労い以外の言葉が見つからない。
「まったく、教師って立場はつらいわねぇー……。みんなが文化祭をこんなにも楽しんでるのに参加できないなんて…………。聖職なんて言われてもあくまで教師は裏方、日の目を見ない職業なのよ。参加者じゃないから出店の利用は禁止――なんてねぇー…………。まぁ一般客の邪魔をしちゃいけないのはわかるし、それで変にクレーム入れられるよりは気が楽だけど、だからってねぇー……」
散々どす黒い愚痴を零したあと、紗百合は顔を上げてグルッと首を巡らせた。
「あーあ、それにしてもあれだけ屋台があるんだからなにか食べてみたかったわぁー。お昼もいつも通り自分で作ってきたお弁当を寂しく食べただけだったし、誰でもいいからこんな可哀想なあたしになにか恵んでくれないかしらぁー」
チラッ、チラッ、と教え子たちにわざとらしい目配せを寄越す女教師。
その姿は哀れを通り越してもはや痛々しい。
「…………あの、このフランクフルト、まだ口付けてないんで、食べます?」
「私のレモネードも、よかったらどうぞ…………」
「まぁっ、いいの!? あぁーでも、なにもしてないのに生徒から食べ物をもらうなんてなんだか気が引けちゃうわねぇー」
「…………先生が頑張ってるおかげで俺たちは文化祭を楽しめてるんですから、そのお礼ですよ」
「…………そうですよ。そんな先生が喜んでくれるなら私たちも嬉しいです。是非もらってください……」
「ありがとぉー! やっぱり持つべきものは可愛い教え子ね!」
生徒たちから飲食物を巻き上げたうえに、それを生徒たちが自らの善意から行ったと言い逃れできる状況まで作り出す。
実に、実に汚い大人であった。
「モグモグ、ムシャムシャ、ゴクゴクゴク、プッハァ――! ご馳走様!」
ものの数十秒で貢ぎ物を平らげた彼女は満足そうにお腹を叩きながら悠然と去ってゆくのだった。
「………………季詠さん、買い直しに戻ろっか」
「……………………うん」