第262話 文化祭2日目③ 占いの味方
「コホン、失礼しました。それで、今回はなにを占いますか?」
詞幸の奇行に気分を害したのか、占い師は体ごと季詠に向いて尋ねた。
「えっと、それじゃあ無難に私たちの相性占いで。あっ、もちろん、友達として、の、ですけど……」
先走ってしまった気持ちに歯切れ悪く付け加えると、占い師は眉を顰めた。
「それでいいんですか?」
「え?」
「本当にそれでいいんですか?」
念を押す言葉に心臓を鷲掴みされたような感覚に襲われる。
その両の目はなにかを見透かしているように、見通しているように、季詠の瞳を放さない。
この人には私のなにが見えているんだろう。そう疑問に思うのと同時に、季詠は首を横に振ってしまっていた。
わかりました、と神妙に頷いた占い師は視線を横に移す。
「これから行う占いは彼女お一人にお伝えするものです。ご退席ください」
ややもすると無礼と言われかねない強引さだが、詞幸はそれをすんなり受け入れた。「じゃあ教室の外で待ってるね」と彼が席を立ち、教室のドアを開閉する音が聞こえたところで季詠は耐え兼ねて訊いた。
「あの…………なにを占うんですか?」
「あなたの恋愛についてです」
予想していた答えではあったが心臓が大きく跳ねる。
「あなたが欲している答えはそれだけでしょう?」
半ば強引に首を振らされたような形ではあるため不安もある。
しかし、それ以上の期待が胸に芽生えたことは否定のしようもない。
「占いとはよりよい未来を選び取るための道標であり羅針盤。本来わたしの役割は、導き出された方角や辿り着く場所を伝えるだけなんです。道順までは教えていません。ですが、あなたにはそれだけじゃ足りないんです。このままだと0人になってしまいますから」
「0人? なにがですか?」
「あ、いえ、すみません。こっちの話です……」
そう言って占い師は手元のタロットを脇にどけた。
「使わないんですか?」
「はい、あなたのことは道具を使わなくても見えますので」
鍔の下から季詠の顔をじっと見つめる。緩んでいた空気が再び引き締まったように感じた。
「あなたは、意中の彼の前で自分を出すことに必要以上に憶病になっていますね。嫌われたらどうしよう、邪険にされたらどうしよう、そんな風に悪い方にばかり考えてしまっている。だから周りの子が自分をさらけ出して積極的になっているのに、それに焦燥感を抱きつつも、現状維持でも構わない、いまでも十分幸せだ、と自分に言い聞かせている」
季詠はなにも言わず唾を飲み込んだ。
「私には見えます。あなたの二人の友人が本気で恋をしているのが。ですがあなたは彼女らと同じ土俵に立ってすらいない。ただ幸運を望むだけの傍観者になってしまっています」
「………………」
「彼といまここに来たこと。それだけでなにか成し遂げた気になっていませんか? 自分から誘えたことにどこか満足していませんか? 残念ですがそれは錯覚です。全然足りません」
辛辣な言葉だった。これまで苦しさや切なさを感じながらも積み上げてきたものまで否定するような。しかし、
「どうすればいいですか?」
季詠は俯かず、そして、初対面の相手に縋る恥すら飲み込んだ。
「教えてください。どうすればいいですか? 私と彼が結ばれるには」
「月見里くん、お待たせ」
緊張で上擦らないよう慎重に声をかけると、教室の外で待っていた詞幸が振り向いた。
「お帰り。けっこう時間かかったね、大丈夫だった? 変な占い出なかった?」
「いや、あの、それがね…………」
長い長い深呼吸。一拍、二拍、三拍と置いて、季詠はゆっくりと告げた。
「実は…………月見里くんに席を外してもらったのは、占いの結果を直接本人に伝えるか迷ったからなんだって。でも、私は伝えた方がいいと思ったの」
「本人って…………え、俺のこと?」
「そうなの。なんでもこのあと、月見里くんにとんでもない不幸が降り注いじゃうんだって」
「と、とんでもない不幸!?」
「手足が複雑骨折して胃に穴が開いたうえに逆モヒカンにされるらしいの」
「そりゃとんでもない!」
「そのとんでもない不幸を回避するには、クラス当番のあとから部活当番までの間、今日世界で10本の指に入るほどの強運な星回りの私と一緒に文化祭を回らないといけないらしいんだけど…………」
「回る! 回ります! 季詠さんと一緒に文化祭を回らせてください!」
と、トントン拍子に詞幸との文化祭デートの約束を取りつけた季詠だったのだが、そのあまりの馬鹿馬鹿しさにいまいち釈然としないのだった。
(占い師さんに言われたとおりに嘘ついたけど、こんなので本当に上手くいくなんて…………はぁ~~…………これまでの苦労はなんだったんだろう…………)