第260話 文化祭2日目① 私の文化祭
――文化祭2日目。
1日目の経験があるため、生徒たちの間に慌ただしさや騒がしさはなく、落ち着いた雰囲気での開始となった。
1年B組のコスプレ喫茶が混み始めるのも昼頃。それまでは割かし余裕があるため、クラス当番である季詠と詞幸は美化委員の仕事で教室を抜けることが許されていた。
二人でごみ箱の点検と軽いごみ拾いをしながら校内を見回っていく。と言っても、ついでにコスプレ喫茶の宣伝も行えるように看板を持たされながらの作業である。
「……なんだか、すごく見られてる気がする……。宣伝なんだからこっちを見てもらわないといけないのはわかるんだけど……」
季詠は身を捩らせた。主に男性からの視線が不躾なまでに絡みついてくるのだ。
彼女の格好は一応ウェイトレス衣裳ということになっているが、コスプレ喫茶という前提があるためか特殊なものであった。頭には黒ウサギのカチューシャが付いているし、彼女の武器を最大限に活かすために肩口から胸元までがざっくりと開いていて、グランドキャニオンばりの深い谷間がこれでもかと露出していた。
「やっぱりこんな格好で歩くなんて恥ずかしいよ…………。私には似合わないし…………」
「そんなことないって! むしろ季詠さんにしか似合わないってくらい滅茶苦茶似合ってるよ! いやらしい意味じゃなくて! 微塵もいやらしい意味じゃなくて!」
「必死すぎて逆に全然信用できないよ…………」
執事衣裳で隣を歩く詞幸の視線も気になってしまう。見ないようにと気をつけてはいるようだが、ふとした瞬間に視線が胸元に落ちているのだ。
(確かに月見里くんに喜んでもらいたくて着るのOKしたところもあるけど…………こんなに見られたら頭が沸騰しちゃうよぉ!)
そんな季詠は恥じらいからスカートの裾を押さえたり胸を手で隠したりしているのだが、そういった所作が彼女の出で立ちをより煽情的に見せてしまっていた。これは彼女にこの衣裳を推薦したクラスメイトたち(主に愛音)の作戦どおりでもある。
「それじゃあ予定よりちょっと早いけど、そろそろ戻ろっか」
そう切り出した詞幸の声は気遣わしげだった。
「戻ってもその格好で接客しなくちゃいけないから大変だろうけど、いろんな人に見られるよりはお客さんの相手だけする方が精神的負担が軽くてまだマシなんじゃないかな? ほかにも女子がいた方が心強いだろうしさ」
「それはそう、だけど…………」
彼の心遣いは大変嬉しく、彼女自身も是非そうしたいと思った。
が、一方でそれに待ったをかける声がする。
(でも、そうしたら月見里くんと二人きりの時間が終わっちゃう……!)
御言や詩乃と違って、季詠は彼となにか約束をしているわけではないのだ。ただ、『なにかあったらいいな』という淡い期待のもと、彼といる状況を作っているに過ぎない。
本当は二日間とも一緒にやりたかったクラス当番は、流石に露骨かと思って昨日は別々のタイミングにしたし、昨日の終わりに一緒にやった話術部の当番も特筆すべきことはなにもなかった。
いまだってそうだ。周りに流されて男ウケのいい格好をしているだけで実際は消極的。そんなことでは『なにか』など起きようはずもないのに。
(このままじゃ、私の文化祭が終わっちゃう…………)
始まる前には期待していた。こんなことがあったらいいな、こんなことがあったらどうしよう、と。
でも、なにもない。
『あったらいいな』は、ずっと『あったら』のままで、ありもしない儚い妄想として消えていく。
(そんなの……そんなの……)
昨日の御言との会話を思い出す。
強い彼女に、怖いと零した惨めな自分を思い出す。
臆病で、意地汚くて、狡いのは変えられないかもしれない。けれど、なにもできないままなのは――
(――そんなの………………嫌)
「月見里くん、心配してくれてありがとう。でも、どこかで休めば大丈夫だから」
優等生な自分じゃ言えない、ただの一人の乙女として、我が儘を口にする。
「だから、ちょっと二人で寄り道していかない?」