第253話 文化祭1日目⑪ 自重自戒
織歌たちが帰った頃には忙しさのピークは過ぎていた。
繁盛はしているが一息つく余裕くらいは作れる、という状況。仕事と仕事の間隙を縫って詞幸は愛音に話しかけた。
「いやあ、長時間動きっぱなしってのは文化部の体には結構堪えるね」
折角彼女と同じ当番回になったのだ。この機会に些細なことでも感情を共有して親交を深めたい。
「こんなに忙しくなるなんて思ってなかったから甘く見てたよ」
「ああ確かになー。『常にぐ~たら、狙うは漁夫の利』が座右の銘のアタシにはあまりにもつらい難行だ」
愛音はミネラルウォーターのペットボトルに口を付けて喉を鳴らした。上体を反らしたことによって肉付きのささやかな、すっきりとした腹部が艶めかしく強調される。
(なんかエッチだ……!)
本人の自覚は薄くも《お腹フェチ》であるところの彼はその姿に見惚れてしまったわけだが、仕事前にひとしきり萌え狂ったあとだったのでギリギリ取り乱しはしなかった。
「こんなに大変だってわかってたなら昼の当番は避けてたかもなー」
「そうだ、当番と言えば。愛音さんは季詠さんと一緒の当番じゃなくてよかったの? いつもならできるだけ一緒にいようとするでしょ?」
当番決めの際、詞幸は『最低でも1回は愛音さんと同じ当番になりたい!』と躍起になっていたのだが、愛音は特にそうした風もなかった。
季詠を『アタシの嫁』と豪語し、常にベッタリの彼女からすれば異様なことであった。
「ああ、ふーみんの言うとおり、これまでのアタシなら是が非でもキョミと同じ当番になりたがっただろうな。単純に一緒にいたいというのは勿論のこと、その方がキョミに言い寄る不埒な男共の下卑た言動、セクハラからキョミを守れる、とな」
「そうそう。季詠さんも給仕担当だからコスプレするんでしょ? コスプレ姿をずっと眺めてられるし、てっきり一緒の当番にするとばかり思ってたから意外だったんだ」
「流石ふーみん、アタシのたゆまぬエロ心をよくわかってるな!」
そこで胸を張るのはどうなんだろう、と彼は残念な気持ちになったが、口にはしないでおいた。
「確かにキョミのコスプレ姿は素晴らしい! 試着のときにじっくりたっぷりいろんな角度から見たんだが、とにかくエロ可愛かった! あれぞ人類の至宝だ! まーキョミはいつだって、なにをしててもどんなときでも可愛いし、なにを着てもとにかくおっぱいが強調されてメチャンコエロいんだがな!」
愛音はフンフンと鼻息荒く語る。
「だけど今回は特にヤバくて、着慣れてない衣裳に赤面してるのもあって通常の3倍くらいエロ可愛いんだ!! 写真を撮る手を止めてすぐにでもベッドに連れ込みたくなるようなエロ可愛さなんだよ!!」
「落ち着いて愛音さんっ。お客さんたちにも聞こえちゃうからっ」
「あ、悪い悪い。あのときの感動を思い出して興奮しすぎたようだ」
チラッとホールの方を向き、声のボリュームを落として続ける。
「で、キョミを保健室に連れて行こうとしたところで嫌がられて、ふと気づいたんだよ」
「本当にベッドに連れ込もうとしてる!」
「もしかして、キョミに1番セクハラする可能性があるのは自分じゃないかって」
「やっと気づけたんだね……!」
むしろいままで自覚がなかったのが不思議なくらいである。
「だからアタシは敢えてキョミから距離を取ったんだ。絶対セクハラするに決まってるからな! あんな弩エロいキョミといっしょに仕事をして自分を抑えられる自信がアタシにはなかったんだよ! なっ、自分を客観的に見ることができるなんて、すごい成長だろうっ?」
「成長してるならそもそもセクハラをしないようになろうよ…………」