第252話 文化祭1日目⑩ 秘密
昼時ということもあってコスプレ喫茶は大いに賑わい、ひっきりなしの満員状態だ。
給仕を担当する詞幸と愛音も大忙しで、机と布で作った壁で仕切られたホール部分とバックヤード部分を幾度も行ったり来たりしていた。
詞幸は話術部の当番からの流れで単眼鏡にスーツ姿――執事のコスプレのままで働いているのだが、愛音の猫耳魔法少女然り、給仕担当は各々がそれぞれに合うコスプレをしており、そのテーマに縛りはない。
赤い帽子の配管工もいれば和服姿で竹筒を銜えている者もおり、教室内はカオスな空間になっていた。
「2名様ご案内でーす」
詞幸が空いたテーブルの片づけを終えると、すぐさま受付から声がかかった。
「いらっしゃいませ――って、やあ古謝さん、来てくれたんだ」
見知った顔に微笑みかける。
「こちらの席へどうぞ」
「ああ……」
織歌は恥ずかしそうに短髪の男子生徒――彼女の恋人である篠原光志の陰に隠れて返事した。
これには光志も困り顔だ。
「ほら、ルル。ちゃんと挨拶しないと。ごめんな、コイツ俺たちが付き合ってること周りに隠してたみたいで、さっき散々クラスメイトにイジられたんだよ。そしたら拗ねちゃって」
「拗ねてないっ」
不服そうに反論する彼女は光志の腕をはたいてから荒く席に着いた。
その様は普段クールで大人びている――見ようによっては冷めている――織歌らしからぬ、年相応の少女のものだった。
いつもの鉄面皮が僅かにふやけており、彼氏に甘えているのだと察せられた。
「部活の友達の所に行かなくていいのかって言ったら、行きたくない行きたくないって嫌がって、連れてくるの大変だったんだよ」
光志は肩を竦める。
織歌は普段の部活動のときからあまり光志の話はしないし、夏祭りのときも話術部員たちとの接触を避けているようだった。
恋人との甘い時間が明るみになるのを嫌がるそんな彼女のことだ。きっと、恥を忍んででも文化祭デートをしたい、と固い決意のもと今日を迎えたはずだが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。
「オレたちのデートのために部員のみんなが時間を融通してくれたって聞いてたから、それなのに顔も出さない、お礼も言わないってのは失礼だろうって思って」
「そうだったんだ。でもそれは古謝さんの頑張りへの対価として当然のものだから。ごめんね、篠原くん。なんか逆に気を遣わせちゃったみたいで」
「いや、全然。おかげで楽しい時間を過ごせてるし。なぁルル?」
「………………」
しかし織歌は顔を赤らめて俯き、口を噤んでしまった。すると、
「おいおい、なんニャ、ルカ。まだ恥ずかしがってんのかニャ?」
詞幸たちの話し声に気づいた愛音がやって来た。
初めこそ渋々猫語接客をしていた愛音だが、忙しさの中で染みついてしまったらしい。いまはもう自然と語尾を付けていた。
「お客様、ご注文はどうするニャ? ラブラブカップルだから、一つの飲み物に二本のストロー挿した方がいいかニャ? ニャハハハ!」
「小鳥遊……」
メニューを手渡された織歌は苦々し気な声を漏らした。語尾のせいで愛音の嘲りの度合いが高くなっているのだ。
「ふん、やはり来るべきではなかったな。こうして小鳥遊に煽られることが予想できていたから来たくなかったんだ。こんな状態ではおちおち休憩もできん」
「おいおいルル、そんなこと言うなよ。折角友達が俺たちのために親切で言ってくれてんのに。ありがたいことじゃないか。あ、じゃあこのレモンティー一つ、ストロー二本で」
「お、お前っ、なに勝手に!」
無邪気なのか無頓着なのか、光志はあくまでマイペースに愛音の提案を受け入れた。
「そんな怒るなよ。それにほら、お前こういうフリフリヒラヒラが付いたコスプレ好きだろ? 冬コミ用の衣装作るときの参考にしたらどうだ?」
「え?」「は?」「……………………」
光志の言葉に、詞幸は呆気にとられ、愛音は絶句し、織歌は放心状態となった。
その三者三様のリアクションを受け、光志は言葉を彷徨わせた。
「あ~~~~、え~~~~と…………ごめん。もしかして友達には内緒にしてたのか?」
「馬鹿! そういう風に言ったらもう誤魔化せないだろうが! せめて冗談を装えよ!」
ひた隠しにしてきた秘密の趣味を暴露され、織歌は両手で顔を覆って「やっぱり来るんじゃなかった……」と嘆いたのだった。