第250話 文化祭1日目⑧ 占いの館
「わたくしたちの逢瀬もそろそろ刻限ですが、最後にあちらに入っても構いませんか?」
御言が指差した2年生の教室には『占いの館』という看板が出ていた。
ちょうどカップルと思しき男女が出てきたところである。
「もちろんいいよ。女の子は占い好きだもんね」
「ありがとうございます。ところで、詞幸くんは占いを信じるタイプですか?」
「うう~ん、そんなにかな。朝の占いコーナーで一喜一憂はするけど、だからってラッキーカラーとかアドバイスをわざわざ実行はしない、って感じで」
「そうですか。わたくしもそこまで熱心な方ではありませんけれど、それでもここぞという日は占いの結果次第で上下とも着替えたりしますね。普段は白なのですが」
「それって…………まさか」
「ちなみに今日のラッキーカラーはオレンジでした。確かめてみます?」
スカートの裾を摘まんでおどけてみせた。
「大変興味深いけど結構です!」
「うふふっ、ではまたの機会に」
そんなやり取りをしながら教室内に入る。中は暗幕で遮光されており、さきほどのお化け屋敷ほどではないが薄暗い。
ゆったりとしたテンポの幻想的なBGMが流れており、魔法陣や薬瓶などの室内装飾も含めて黒魔術の儀式めいた空気を醸し出していた。
受付で「本校占い研究会会長の指導を受けた本格的な占いを楽しめます」という説明を受けたあと、奥に案内され、暗幕によって区切られたブースの一つに入る。
「ようこそおいでくださいました」
出迎えたのは黒い三角帽子に黒いローブという、占い師というよりはやはり黒魔術師のような見た目の女生徒だった。ほの暗さもあって、帽子を目深にかぶった彼女の表情は伺い知れずミステリアスだ。
「こんにちは」「よろしくお願いいたします」
やはりカップルでの来客を想定しているのだろう、客用の椅子はちょうど二つだった。
「なにを占いますか?」
雰囲気づくりのためか、もしくは占う内容によって使う道具が変わるのか、テーブルの上にはタロット、水晶、ホロスコープなど、いくつもの占い道具が並んでいる。
「御言さんはなにを占ってほしいの?」
詞幸は顔を横に向けた。
(って言ってもデート中に聞く内容なんだから、二人の相性はどうか――とか将来結婚するのか――とかしかないよなあ)
「わたくしたちの子供は何人産むのがいいでしょうか」
「結婚するのは確定なんだ!?」
詞幸が声を上げると、御言は「なにを言っているのです?」と呆れ顔だ。
「当然です。わたくしは結婚もしないで子供を産んだりしませんから。確かにいまの時代、出産ないし妊娠と結婚を結びつけるのは時代錯誤というものです。婚姻関係になくとも子供は産めますし、色々な家族の形があってしかるべきなのですから。法律に縛られる愛など真実の愛ではありません」
「そ、そうだね……」
「けれど、それはあくまで理想論。社会の制度的にも、人々の意識的にも、世の中はまだそこまでシングルマザーや事実婚などに寛容ではありません。実際には子供たちにつらい思いをさせてしまうでしょう。それならば、子供を産むのは両家の合意のもと、きちんと婚姻を結んでからにするべきなのです。この子たちの幸せのためにも」
「待って!? お腹をさすってもその中に『この子たち』なんてまだいないよ!?」
「うふふっ、そうでした。『まだ』でしたね」
ちゃっかり上げ足を取られ詞幸が絶句していると、
「出ました」
と声がかかった。
見れば机の上にタロットカードが円を描くように6枚、そして中央に1枚、と並んでいた。
「お二人のお子さんですが、9人がよろしいかと」
「随分子だくさんですね!」
「妥当な数字です」
「妥当なんだ!?」
驚く詞幸に対し、御言はアンダーリムの眼鏡をくいっと上げ、得意げに解説を始めた。
「なるべく多くの子供たちと暮らしたいので、大学卒業後すぐに結婚・妊娠するとして計算しました。出産し、その子が卒乳するまで1年から1年半かかりますが、なるべく自分のお乳で子育てしたいですから、その間に出産のために入院するのは避けたいと考えています。また、最新の研究ですと出産から次の妊娠までの期間が12か月以下だと妊娠合併症のリスクが高まるそうです。つまり子作りは出産後1年以上経ってからが望ましいということですね。妊娠期間は約10か月ですから、出産と次の子の出産までには最短でも2年程度かかることになります。40歳でギリギリ9人産めますね。体力的な問題もありますが、資産的な問題として、全員を幼稚園から大学まで私立に通わせるとなれば、文部科学省の調査では約2300万円の教育費がかかるそうですから、余裕を持ってそこでやめるのが賢明でしょう。わたくしの試算どおりです」
「将来設計が具体的過ぎるよ……!」
詞幸のみならず、占い師の女生徒も引いていたのだった。