第248話 文化祭1日目⑥ 絶叫体験
「うふふふふふ~」
御言はスマホの画面を眺めてふやけた顔になっていた。
見つめているのは詞幸とこれでもかと顔を近づけ合った写真だ。さすがに頬をすり合わせるまではいかなかったが、予定通り彼女が言うところのオシャンティー映え映えスイーツである九龍球を用いての、メイドと執事のツーショットだ。
「文化祭とっても楽しいですね、詞幸くんっ。射的に勝って映え散らかした写真を撮って、わたくし大満足です!」
「はははっ、俺も楽しいよ。夏祭りとはまた違った面白さがあるよね。飾り付けとか商品にお金はかけられない分、手作りだからこその工夫があって」
「はいっ。ところで詞幸くん、次に行きたいところはありませんか? 隣り合っているクラスだからとはいえ、射的と九龍球の2連続でわたくしの希望でしたので、今度は詞幸くんの行きたいところに行きましょう」
「いいの? じゃあ、お化け屋敷やってるっていう詩乃さんのクラスに行かない?」
「むっ。それはいったいどういう了見なのでしょうか。よもや、こんなに可愛いメイドさんとデートしている最中だというのに、ほかの女の子に会いに行きたいのですか?」
「そ、そういうことじゃなくて! ただ、いまの時間帯なら詩乃さんはクラスで当番中のはずだから、行って活躍を見てあげたいっていうか…………いや、ごめん。俺、無神経だったね。いまは御言さんとの時間なのに……」
彼は弱々しく首を振って「やっぱ別の所にしよう?」と言った。
「いえ、行きましょう。いまのは冗談ですから」
御言は詞幸のスーツの裾を摘まんだ。
「わたくしは詞幸くんのしたいことならできるだけ叶えてあげたいと思っていますから、別の女の子に会いに行きたいと言っただけで怒ったりはしませんよ? それどころか、むしろ浮気も不倫もウェルカムです。わたくし自身も混ぜてくださるのならっ」
「新機軸の不貞行為を推奨しないで! 俺と御言さんの関係ならそもそも不貞にはならないけど!」
「いずれはそういう関係になってみせますから。でも、それはそれとして、大丈夫ですか?」
「大丈夫って、なにが?」
「怖いのは苦手ではありませんか?」
「はははっ。子供じゃあるまいし、作り物のお化け程度で叫び声を上げたりはしないよ」
「お化け程度で――うふふっ、そうですか、それは安心しました。ですが、わたくしはこわーいお化けに怯えて腕にしがみついてしまうかもしれませんから覚悟していてくださいね?」
御言は詞幸の能天気さにほくそ笑んだ。
1年E組の教室は闇に閉ざされていた。僅かな明かりが照らす通路は狭く入り組んで、曲がり角のたびに、なにか出てくるのではないかという恐怖に苛まれる。
「ぐぁうあぁ――――――ッ!」
「うわっ!」「きゃぁっ、怖いですー!」
奇怪な呻きと共にミイラが死角から突如現れ、御言は計画通りに詞幸の腕にしがみついた。
わざと胸を押し当てる。
「ははっ、大丈夫だよ御言さん」
驚きに声を上げていたはずの詞幸は一瞬でデレデレになった。
「あ、ありがとうございます……。とても頼もしくて、もっと好きになっちゃいます」
一連の言動はか弱い女の子を演じるためでも、ましてや本当に恐怖心を感じたからでもない。
彼に恐怖心を感じてもらうためなのだ。
「大丈夫、俺がついてるからね。安心しグエッ」
「コロシテヤル……」
詞幸の言葉が途切れたのは、ミイラが彼の首に手をかけたためだ。
「コロシテヤル……。コロシテヤル…………」
「ぐ、ぐるじい……」
ミイラは真に迫った演技で彼を追い詰めていく。
と、ミイラの虚ろだった言葉が、確かな感情を帯びたものに変わった。
「わざわざイチャイチャしてるところをウチに見せつけに来るなんて! こんのバカ詞幸ぃ~~! 殺してやるぅ~~~~!」
「え゛……し゛の゛さ゛ん゛?」
包帯でグルグル巻きになった詩乃はなおも手を緩めず、ギリギリと首を絞めつけていく。
「うふふっ、詩乃ちゃん、お疲れ様です」
「みーさん……ホントいい性格してるわ。二人仲よくコスプレまでして、ウチを嫉妬させるために来るなんて。ってか引っ付きすぎ! ほらいつまでおっぱい当ててんの!」
ここでようやっと詩乃は詞幸の首から手を放し、二人を引き剥がしにかかった。
御言はゲホゲホと噎せる彼を解放するも、特にその身を案じるでもなく詩乃に応じる。
「いえいえ、わたくしは止めたのですよ? あまりにもデリカシーに欠ける行動ですから。でも彼がどうしても行きたい、怒った詩乃ちゃんなんか怖くない、と言うので」
「そんな風には言ってないよ!」
「ほほぉ~う? つまり、アンタはウチが嫉妬で怒り狂うのをわかってて笑いに来たってわけねぇ、ふ~み~ゆ~き~!?」
「ぎゃっ、ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
再び襲われた詞幸の悲鳴は教室外まで響き、いい宣伝になった。