第246話 文化祭1日目④ 想像の姿
「ありがとうございました」
御言が微笑みと共にCDを手渡すと、男子生徒は「お仕事頑張って」と手を振り去っていった。「はい、また後ほど」と御言も手を振り返す。
どうやらクラスメイトらしい。
「……ついに売れちゃいましたね」
「……うん、売れちゃったね」
さきほどまでは客が来ないと嘆いていた二人だったが、いざ売れてしまうとどこか困ったような表情になった。
「自分たちが作ったものが売れるのって嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいよね」
「そうですね。誇らしくもあり怖くもあり、感想を聞くのに二の足を踏んでしまいそうです」
御言はどこか硬い表情で下を向いた。
彼女はこのCD制作の総指揮を執っていたのだ。企画・配役から台本の制作、演技指導まで、内容に関する部分にはすべて彼女の手が入っている。
その分、その評価が悪かった場合は自分に責任があると思っているのだろう。
「大丈夫。御言さんが頑張ってくれたおかげで、とってもいいものになってるよ。実際に聞いてみてトリップしかけた俺が保証する」
「――うふふっ、そうですねっ。詞幸くんがあんなにも興奮してくれたのですから、わたくしに気がありそうなさっきの彼も楽しんでくれますよねっ。わたくしは詞幸くんにしか興味ありませんけれど」
「自分でそういうことを言えるのは御言さんのすごい、っていうかむごいところだよね……」
おそらく彼は御言の隣にいる人物が彼女の想い人などとは思っていないのだろう。
このあと二人で校内を闊歩して、もしその場面を目撃されたらと思うと、詞幸はなんとも言えない気持ちになった。
「それはそうと、いまさらだけどさ、女子的にそういうのはいいの?」
「はて、『そういうの』とは?」
「その……このCDを聞かれて……自分の声でやらしい想像されるってのは。嫌じゃない?」
これは彼が女性陣のASMRの内容を知ったのが録音が終わってからだったため、あとの祭りだと思って聞きそびれていたことである。
御言は顎に手を当ててしばし考え、
「ちょっと嫌ですね……」
「え!?」
意外な答えを口にした。
台本が完成してから内容を知って露骨に嫌がった季詠とは異なり、御言はその作成に最初から関わっていたのだ。猛反対する季詠をどうにか説得し、現在の際どい路線を死守したという経緯からも、ノリノリで参加しているものだとばかり思っていたのだが。
まさか、自分が嫌な思いをするものの制作を率先して主導していたとでも言うのだろうか。
「むっ、なんですかその反応は。そんなこと嫌に決まっているではないですか。もしかして、わたくしが想像の中で慰みものになるのをよしとする変態だとでも思っているのですか? 心外ですっ」
「え? だって、ヌーディストビーチとか露出プレイに興味があるんだよね? 恥ずかしいのはむしろ望むところじゃあ……?」
「それとこれとは話が別ですっ。エッチな姿を見せるのと違ってエッチな姿を一方的に想像されるだけでは、わたくしに実感がありませんから。見られているという確かな背徳感がなければ興奮できないではないですかっ」
「明らかにそっちの方が変態だよ!」
頭を抱えたくなった。
「まあそれはいいとして、」
よくはなかったが背徳感云々は彼女なりの冗談ということで勝手に結論付け、詞幸は核心に触れる。
「嫌ならどうしてこんなやらしい感じのASMR作りに積極的だったのさ」
すると御言は不満そうに頬を膨らませ、
「………………わかりませんか?」
そして、じっと目を覗き込んでくる。
その期待するような視線に、自惚れとも言える想像が湧き上がった。
「もしかして…………俺に聞かせるため?」
「えへっ、半分正解、半分外れですっ」
半分は外れたというのに御言は嬉しそうだった。
「ほかの誰かにエッチな想像をされる不愉快さを我慢してでも、貴方にわたくしの声でエッチな想像をしてほしかったのです。想像して、そのまま現実のわたくしもエッチな目で見てほしくて。好きな人にエッチな目で見られるのは、とっても興奮するんですよ?」
囁きながら、机の下で詞幸の手に指を絡めた。
「それと、外れたもう半分の理由ですが、」
耳に吐息のかかる距離に、彼女の唇があった。
「わたくし自身、貴方の声で貴方のエッチな姿を想像したかったのです――うふっ」
妖艶な笑い声が肌をくすぐる。
その色香にクラクラしてしまい、まばらにでも来てくれる客に対し、彼は終始上の空だった。