第244話 文化祭1日目② やられたらやり返す
「詞幸くん詞幸くん」
「ん?」
文化祭のパンフレットに目を通していた詞幸が袖を引っ張られ振り向くと、
「ハイチーズ」「えっ、いきなりっ?」
カシャッ――と、スマホを構えた御言に写真を撮られたのだった。
「もう御言さん、急に撮るのはやめてよ!」
「うふふっ、ごめんなさい。お客さんが入ってくる前の落ち着いた状況で写真に収めたくて。折角わたくしが用意した衣裳なのですから」
そう、詞幸は販促のためにコスプレをしているのだ。ASMRの内容に合わせ、ダークスーツと真っ白な手袋に単眼鏡という、近世の執事をイメージしたレトロな雰囲気を纏っていた。
「大丈夫? 中途半端なポーズとか間抜けな顔になってない?」
「大丈夫ですよ。ほら、とっても可愛く撮れてます」
「かわ――っ!?」
「はい、とっても可愛いです!」
「いやあ、そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどさあ、俺としてはカッコいいって言ってもらえるほうが嬉しいんだけど。ほら、このポーズ結構よくない?」
「うふふっ、そうやってカッコつけたポーズを取ってしまうところが余計に可愛いです」
「可愛い可愛いって……」
照れくささを誤魔化すためにも反論を続けようと思ったが、そうしたところで御言からそれ以外の感想を引き出すのは難しいだろうと判じ、詞幸は話題の矛先を変えて難を逃れることにした。
「ところで御言さんはメイド服姿なんだね。保母さんの格好じゃなくて」
彼のこの問いに、御言は待ってましたとばかりに声を弾ませた。
「はいっ。普段着にエプロン姿の保母さんの格好をしても伝わりづらいですから、ならば派手な格好をしようかとっ。わたくしは執事の詞幸くんと同じお屋敷に住んでいるメイドという設定で――」
「なるほどなるほど。じゃあ俺も撮るから。いくよ――」
「えっ、えっ」
「――ハイ、チーズ」
パシャリ。
狼狽えこそしたものの、突然のことにも御言は即座に対応してみせた。
立ち上がり、カメラ目線もバッチリでポーズを決めたのだ。
「もうっ、酷いです詞幸くん! わたくしが説明している最中にいきなり撮るなんて! 仕返しのつもりですかっ?」
「はははっ、撮っていいのは撮られる覚悟のある人だけ――って、うわ、可愛い……」
詞幸はスマホに保存された写真を見て感嘆を漏らした。次いでその画面を御言に見せる。
「ほら見てよこの写真! 御言さんめちゃくちゃ可愛い!」
「ほえっ?」
素っ頓狂な声が発せられた。
「俺なんかに可愛いなんて使っちゃだめだ! 御言さんの可愛さを讃えるために使わないと!」
「はうっ」
なにやらダメージを受けたように御言が胸を押さえる。さらには顔が赤くなっていた。
「なんでそんな風に照れるのさ。これまでだって御言さんの方からファッションの評価を求めてきたことなんて何回もあったじゃない。俺はその度にお世辞じゃなく可愛いって言ってると思うけど? いまさら可愛いって言われて恥ずかしいの?」
「い、言わせるのと言われるのではわけが違うのです! 好きな男の子からこんなにも可愛いと言われたらキュンキュンしすぎてしまいます! ううっ、こんな反撃に出てくるとは……っ」
やはり御言は攻める側の人間なのだ。攻められることになれておらず、守りが滅法弱い。
「突然の撮影でも輝くこの可愛さ! 咄嗟にとったポーズとは思えないほど可愛いよ! この小指を立ててるところが可愛さのポイントだよね! 品のいいお茶目さが可愛いよ!」
「か、可愛い可愛いと連呼しないでください!」
御言は茹だった顔で猛然と言い返す。
「それを言うなら詞幸くんのこのポーズも可愛いですから! カッコつけようとしたものの慣れていないために中途半端になってしまった感がとても可愛いです!」
「くっ――いやいや、そんなの御言さんの可愛さに比べたらなんてことないね! ほら見てよ、この柔らかで慈愛に満ちた笑顔! キラキラした瞳に艶やかな金髪! まるでスイスの高原で浴びる春の陽射しのような可愛さだよ! 御言さんの方が可愛いって!」
「ひうっ――いえいえ、その程度の笑顔なら誰でもできます! ですがこの詞幸くんの可愛さは天然、誰にでも出せるものではありません! 見てくださいこのささやかな笑みを! 本当はキリっとした表情をしたかったのでしょうけれど恥ずかしさから微かにはにかんでしまったのが見て取れます。あぁもう、なんて可愛いのでしょうか! 未完成の男らしさに母性を感じずにはいられません! 例えるならば巣立ちの準備をしているペンギンの子供のような、力強さの中にも確かに残る幼さを感じさせる可愛さです! 可愛いのは詞幸くんの方です!」
「違うよ、絶対御言さんの方が可愛い!」
「いいえ、可愛いのは詞幸くんです!」
「御言さんが可愛いんだよ!」
「貴方が可愛いのです!」
その後も文化祭開会のアナウンスが流れるまで『可愛い』の言い合いは続いたのであった。