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第241話 リアルな臨場感

「よし、大体こんなところだろう……」

 織歌(おるか)はヘッドホンを外して長い息を吐いた。

「お前たちも聴いて確かめてくれ。わたしは疲れたからこれ以上の確認作業はしたくない……」

「お疲れさまでした。このあとの作業はわたくしたちで行いますのでゆっくりお休みになってください」

「ああ、そうさせてもらおう……。ちょっと飲み物買ってくる」

 彼女はここ最近部活に来てもほとんど会話に参加せず、ヘッドホンをして一人で編集作業を行っていたのだ。

 作業内容の性質上、誰かが全体を通して行った方が効率もよく、かつ各コンテンツの品質も一定に保てる。そのために仕方ないとはいえ彼女の負担はかなり大きかったようで、疲労が色濃く見えた。

「じゃああとは任せた……」

 織歌が部室をあとにしたのを確認して詩乃(しの)が呟く。

「遂に完成しちゃったかぁ…………」

 まるで未完成のままの方がよかったかのような口振りは、心血注いで編集作業にあたってくれた織歌に聞かせることはできない。

 しかし、そうも言いたくなる理由が詩乃にはあるのだ。

「ウチらの超絶恥ずかしいセリフてんこ盛りの甘々ASMR集が…………」

「穏やかな高校生活もこれまで。これからは好奇の目に晒されて生きていくんだね……」

 季詠(きよみ)が纏う空気も重い。しかし、対して愛音(あいね)はあっけらかんとしていた。

「いくらなんでも気にしすぎだろ。あんなのただの演技じゃんか」

「それはナッシーの役が現実とかけ離れてるから言えるんだって! ウチの役なんかほとんど素の状態なんだけど!」

「そうなの! いつもと同じ喋り方だから確かに演技はしやすかったけど、自分の秘密にしてる部分を出してるみたいで恥ずかしいっていうか! 愛音はその点普段とのギャップがあるから気にならないだけだよ!」

 声を荒らげる二人に同情しながら、詞幸(ふみゆき)御言(みこと)に話を振った。

「女子チームはお互いどんなものを録ったか知ってるんだよね?」

「はい。女の子同士では編集段階ごとに互いの音声を聞いてチェックをしていましたから。異性の音声は折角ですから、編集が完了したあと、最高の状態で体験してほしいと思ったのです」

 そう言って彼女は椅子を引き、詞幸にノートPCの前を促した。

「では早速、詞幸くん。お待ちかね、美少女たちのASMRです。是非聞いてみてください♪」

「なんだかワクワクするよ! どんなものなのかずっと気になってたんだよね!」

 少女たちの視線が集まるなか、彼は揚々とヘッドホンを装着して再生ボタンをクリックした。

 まずは詩乃からだ。彼女はからかい好きなギャル系幼馴染だった。

『ペロペロレロレロ――ぷぷっ、なに顔真っ赤にしてんのぉ? ちょっと耳たぶ舐めただけじゃん。ちゅっちゅっ、はむはむ――ぷはっ。きゃははっ、変な顔ぉ~。カラダもビクンビクンって反応してるし。なに、耳たぶ舐められるのそんなに気持ちぃの? ならウチも舐めてもらおっかなぁ~。――え、ムリ? なら耳たぶじゃなくてもいいよ? アンタの好きなところペロペロして……? きゃははっ、照れてる照れてるぅ~! もう、なにマジになってんのぉ?』

「すごい臨場感だ! じゅるりっ」

 続く御言はお屋敷に勤めるメイド。

『あらあら、どうしたのですか? 恐い夢を見てしまった――ですか? うふふっ、恥ずかしがることなんてないですよ。誰にでも苦手なものはあるものです。――心細いのですか? でしたらわたくしが朝までお側にいてさしあげます。――うふふっ、二人で寝るとちょっと狭いですね。あら、緊張しているのですか? 可愛い…………。やだ、わたくしったら思わず…………。緊張をほぐしましょうか。わたくしの心臓の音を聞いて、落ち着いてください』

「でゅふっ。ふひっ。これはこれは――」

 季詠は隣に住むお疲れ気味のお姉さんである。

『あははっ……、私、ダメなお姉さんだね。年下の子相手にこんな弱音吐いて…………。――ありがとう、きみは優しいね。………………ねぇ、このままもっと甘えてもいい? ――いいの? 本気で甘えちゃうよ? ――ふふっ、きみのそういうところ、大好き。んっ、はぁ……あったかくて落ち着く……。ねぇ、頭なでなでして? ――うん、優しく触ってね? あんっ。えへへ、変な声出ちゃった。だって、きみの触り方、気持ちいいんだもん。ね、もっとして?』

「おぅふっ! ぐふっ、ぐふふふふふっ」

 そして愛音は口の悪い小悪魔だ。

『にひひっ、お前全然モテないんだってなー。だろーなー、そんな見た目じゃなー。そんな哀れなお前に朗報がある。なんとっ、この媚薬を一滴でも飲ませれば、どんな女も簡単に落とすことができるんだ! どうだすごいだろ! これをやる代わり、お前の魂を――むぐぅっ! な、なんでアタシに飲ませんだ! この変態! ロリコン! 誰がお前のことなんか…………お兄ちゃん、お膝の上座っていーい? やったー! えへへっ、お兄ちゃん、だぁい好き❤』

「うひょおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 詞幸は椅子を跳ね飛ばして立ち上がった。

「ヤバいヤバい、これヤバいよ! その情景が浮かんできて本当にみんなとイチャイチャしてるみたい! これはすごい! なんかもう、いまもみんなが俺の恋人とか妹に見えてきて愛おしくてしかたなくてもっとイチャイ……チャ――」

 そこで気づいた。彼女らの冷たい視線が自分を貫いていることに。

「きっしょ」「幻滅です」「最低……」「死ね」

 それは、サラウンドでとても臨場感のある罵倒だったという。

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