第236話 紳士の嗜み
「委員会、けっこう長引いちゃったね」
「ええ。でも仕方ないよ、来週には文化祭だし。私たちも頑張らないと」
詞幸と季詠の二人は並んで部室へと向かっていた。
今日は二人の所属する美化委員会の会議があり、文化祭でのそれぞれの役割について話し合いが行われたのだ。
美化委員の活動は後片付けの際がメインだが、文化祭中もゴミ拾いや各所に設置されるゴミ箱の見回りなど多くの仕事が設定されている。その分会議にも時間がかかってしまい、いまはもう完全下校時刻まで残り数十分となっていた。
「愛音はちゃんと大人しくしてくれてるかな……」
「ははっ、完全に小さな子供を持つ保護者の心配の仕方だね」
「だってあの子落ち着きがないから。みんなで文化祭の準備をしてるときに、協力し合わないといけないのに逆に邪魔しちゃったら迷惑でしょ? ただでさえ御言と織歌にほとんどやってもらってるのに……」
そう、今回のASMR販売は案出しこそ詞幸だが、企画や準備、機材の手配や編集作業はほぼすべてがあの二人によるものだ。
織歌は『わたしは録音しないからな。これくらいやって当然だ』と言ってくれてはいるがその作業量は多く、ましてや演者も兼ねている御言の負担は相当なものだろう。
「確かにね。でもあんまり気にしなくていいんじゃないかな? ポスター類は俺たちだけでほとんど完成させたし、なにより、」
台本の内容を思い出す。
「俺たちが申し訳なさで反論できないのをいいことに、随分と恥ずかしい台詞を読まされたから……」
「それもそうだね…………」
詞幸同様、季詠も俯きがちなる。その内容を思い出して恥ずかしさがぶり返してきたのだろう、耳が赤い。
「ところで…………季詠さんはどんな役をやったの?」
部員に配られた台本はその部員が演じる部分しか載っていなかったのだ。読み合わせもなく、誰がなにを演じたのか知っているのは本人と、台本を作成した御言、織歌のみである。
そしてなぜそんなことをしたのかといえば、御言曰く『その方がなにも知らずに聞いたときの楽しみが増えますから』とのこと。
「………………教えない」
だからそんな部長の考えを汲んで季詠は断った――というわけではなかった。
「教えたくない…………」
震える声で返され、詞幸は同情を禁じえなかった。
「でも…………いずれはみんなに聞かれちゃうんだよね……。はぁ~……憂鬱だな~……」
深い溜息と共に季詠が部室のドアをスライドさせると――
「きゃぁっ!」
脳内に飛び込んできたのは嬌声。そして、
愛音に乳房を鷲掴みにされる御言の姿だった。
「愛音ちゃん、いきなりおっぱいを揉まないでください!」
「はっ! 悪い、つい! ぐぅっ、アタシとしたことが! アタシは紳士だから女という立場を利用して無理矢理揉んだりしない、そう心に誓っていたのに!」
愛音が自らの右手首を左手で掴んでなにかに必死に耐えている。まるで中二病患者のようだ。
「愛音さんは女子だからおっぱい揉む揉まない関係なく紳士じゃないよ!?」
入り口からツッコミを入れた詞幸に振り返り、愛音は答えた。
「おっぱいに魅せられた者は皆、性別に関係なく心は紳士なのだ(キリッ)」
「名言っぽく言ってもカッコよくないよ!?」
「茶々を入れるな! アタシは紳士だからこそおっぱいを尊び、おっぱいを揉むのはちゃんと同意が取れてからにしてる! なるべく。だがな!」
愛音は机に置かれたヘッドホンを手に取った。その先はASMR録音に使ったノートPCが繋がっている。
「編集前とはいえキョミのエロボイスを聞いたんだぞ! こんなエロエロに甘やかされたらムラムラするに決まってるだろー!」
「~~~~~~~~~~~~~~!!!」
一瞬で季詠の顔は沸騰した。フルフルと全身を震わせる。そして、
「季詠さんのエロエロボイス……!」
詞幸がゴクリと生唾を飲み込んだのが駄目押しだった。
「もおいやぁーーーー!!! こんなの聞かれたらお嫁に行けなくなっちゃうーーーーーーーー!!!」
「あっ、季詠さん!? 季詠さあああぁぁぁん!?」
詞幸の制止も振り切り、彼女は脱兎のごとく逃げ出してしまうのだった。