第234話 自意識過剰
今日の部活もASMRの録音が行われていた。
詞幸の録音に――というよりそれ以外の部分で――時間がかかったこともあり、昨日無事終了したのは詞幸と季詠のみだった。
いまは今日の一番手として愛音が録音しているところである。それもそろそろ終わりそうということで詩乃も放送室に向かった。最後は御言の録音を織歌がディレクションして終わり、という流れを予定している。
つまり現在、例のごとく来ていない紗百合を除き、部室内には詞幸、季詠、織歌の3人しかいない。
彼らは文化祭用のポスターや販売POPの作成のために黙々と作業していた。
そんななか、詞幸は手を動かしながらもニヤついた笑みで頭は全く別のことを考えていた。
(もしかして……モテ期来ちゃったんじゃない?)
一か月もしないうちに二人の少女から告白されたのだ。これまで一度も愛の告白を受けたことのない彼からすれば異常事態と言っていい。それは辿り着くべくして辿り着いた結論だった。
(いやあ、ついに来ちゃったか俺の時代が!)
当然彼の本命は愛音ただ一人、彼女らの告白を受け入れ付き合う予定はない。
しかし、だからといって告白されたこと自体が嬉しくないわけではない。詞幸にとっては二人とも高嶺の花と言えるほどの存在なのだ。
(でも急にモテ始めるっていうのはなんでなんだろう…………)
結果があれば原因があると考えるのが人の常。単なる偶然として片づけるよりは、多少無理筋であっても原因を推定したいのだ。
(――はっ! これはつまり、俺自身の魅力が向上したということでは!?)
その帰結として、自らが導いた結論に揺るぎない自信を得ていた。
そう、彼は完全に調子に乗っている。
だから次の発言も冗談などではなく、本人にとっては極々自然なものだったのだ。
「ねえ季詠さん、俺――前に比べてカッコよくなったかな?」
フッ、とキザったらしく笑って前髪を掻き上げる。
「………………………………………………?」
たっぷり間を開けてから返されたのは疑問符だった。
(あれ? 聞き取れなかったのかな? 集中してるところに急に話しかけたからかな?)
詞幸には噴き出しつつも笑いを堪える織歌の存在が目に入っていない。
馬鹿の一つ覚えで前髪を掻き上げ、あくまでも自信たっぷりに言う。
「俺、最近カッコよくなったよね?」
自意識過剰も甚だしい、当人の中では結論が出ている事実確認のような問いだった。
「ふふっ、ふふふふふふふふふふふふっ、ふふふふふふふふふっ」
「ええ!? なんでツボに入ってんの!?」
「だっ、だってっ、月見里くんっ、自分で――あははははははははははははっ、ゲホッ、ゲホッ――もおっ、いきなり笑わせないでよ~。あははははははははははっ」
「笑わせるつもりなんてないけど!?」
深い思いやりの心を持つ彼女が涙を浮かべて腹を抱える姿は、彼の自尊心に深い傷をつけた。
「ごめんごめん。別に月見里くんがカッコよくないって言ってるわけじゃないから。全然変わってないのに言い出すからおかしかっただけだよ」
「……それって、俺がカッコ悪いままってことだよね…………」
「違うよ、その逆! …………だって、月見里くんはずっと変わらずカッコいいもん」
「え…………」
はにかみながら上目遣いで見つめてくる季詠。
(ま、まさか季詠さんも俺のことを……!?)
「月見里くんは元からナウくてイケイケな銀河系No.1ハンサムBOYだよ!」
「誰でもお世辞だとわかる適当フレーズの極み!!」