第232話 恋の自覚④
「ううぅ~~~っ! もう嫌ですっ、嫌いですっ、こんなわたくしは消えてしまえばいいのです!」
御言は部屋の隅で自分の頭をポカポカと叩いていた。
「馬鹿馬鹿、わたくしの大馬鹿! 常にエレガントな振る舞いを心掛けてきたはずなのに、男の子の前であんなことを口走ってしまうなんて! ああ、なんてはしたいない!」
詞幸としては日頃の御言の言動もギリギリアウトなはしたなさだと思っていたのだが、空気を読んでそれは口にしなかった。
「は~~~~~~~~~~~~…………思えば、あの壁ドンのときからわたくしはおかしくなってしまったのです…………。あれさえなければ、心がこんなにも掻き乱されることはなかったでしょうに…………。つまり悪いのは詞幸くんではないですか」
壁に向かってブツブツと自己嫌悪の文句と呪詛を吐き続けている。
これまでも御言の言動がおかしくなることはあった。
ほかの部員がいる前では余裕たっぷりの気品溢れる振る舞いをしているのに、二人きりになるとそのメッキが剥がれ落ちるのである。
その度に好意を誤魔化すための雑な嘘や矛盾した言い訳を繰り返している。
当然、相手をする詞幸にとってそのピーキーさは困りものだが、当の本人である御言にとってもそれは許容しがたい悪癖だったのだ。
あくまでも御言の内面の問題であり、彼女自身がどうにかするしかないことでもある。しかし彼女が言うように、詞幸にも責任の一端があるのだろう。
「ほら、御言さん。こっち向いて?」
「………………なんですか?」
どこか恨みがましく御言が振り返る。詞幸は腕を広げた。
「俺にできるのはお願いを聞いてあげることくらいだから。ハグ、するんでしょ?」
「…………こういうときはなにも言わず後ろから抱きしめるものと相場が決まっています」
「いや、流石にそれは……」
「そういう男らしさがないからわたくしは恋に迷っているのですよ? 自覚してください」
どうやら彼女の中で一端どころか全ての責任は詞幸にあると決まったようだ。
「わたくしから言っておいてなんですが、ハグした程度で好きかどうかわかるなんて本気で思っているわけではありませんから。あくまでも、とりあえずやってみましょうという程度の試みです。あと一々言うほどのことでもありませんが、別に貴方とハグがしたいというわけでもありませんからね? そこのところしっかり認識しておいてください」
ツンとした態度で近づいてくる御言。しかしその表情が嬉しそうに見えてしまうのは単なる錯覚だろうか。
「では、いきますよ……?」
「ど、どうぞ…………」
御言の広げた腕が背中へと回され、続いてゆっくりと身体が密着する。
胸の位置に御言の頭が納まり、腹部に押し当てられた双丘の柔らかさが伝わってくる。
絹糸のような髪が顔に触れ、花の香りがふわりと舞い上がった。
(これは…………やばいッ!!)
理性を保つのがやっとの状況。下手に動くといろいろ擦れて大変なことになりそうだったので、彼は口だけを動かした。
「どう……? なにか感じた?」
「好きです」
「早っ!」
「好き好き好き好き好き好き好き好き!」
「急激にデレられて困惑しかない!」
先ほどまでの頑迷さが嘘のような変わり身の早さである。
「だって、だって――」
御言は胸に顔を埋めたまま喋る。火傷しそうなほど熱い吐息がシャツ越しに肌を撫でた。
「もう理屈とかプライドとかはしたない自分が嫌とかどうでもよくなったのですもの! 貴方のぬくもりを感じていまわかりました! わたくしは詞幸くんのことが好きなのだと!」
顔を上げた彼女の瞳は潤み、星屑を零したように煌めいていた。
「詞幸くん、肩を抱いてみてくれますか? わたくしからだけでなく、貴方からもギュってしてほしいです。もっと貴方を感じさせてください……」
そんな風に請われて断れる男がいるだろうか。彼は脊髄反射で腕を彼女の肩に回した。
「はぁ~、幸せ………………。ずっとこうしていたいです……」
御言は再び顔を胸に埋める。
「なんだかいいにおいがして落ち着きます…………」
「ああ~、この前誕生日プレゼントに貰った香水とかボディミストを使ったからかな……?」
「なるほど、季詠ちゃんと詩乃ちゃんのお誕生日プレゼントの意味がわかりました。こうして香りでマーキングするためなんですね。この人は自分のものだと主張するために」
「そんなことないと思うけど……」
「わたくしも自分のにおいをマーキングしないと……」
「ちょっ――ええ!?」
御言は全身を揺すって密着した身体を擦りつけてきた。
「お顔を真っ赤にして――うふふっ、可愛いです」
そのままたおやかな感触に包み込まれ――
「キャァーーーーッ!! お腹になにか硬いものが当たってますーーーー!!」
「だって、凄い抱き心地よくて……!! ごめんなさあああぁぁぁぁぁぁい!!」