第230話 恋の自覚②
御言は恥ずかしそうにクネクネ身を捩る。その顔は湯気が幻視されるほど火照っていた。
「わ、わたくしはやはり詞幸くんのことが好きなのですか…………。ほかでもない貴方が言うのなら信憑性は高いですが…………」
「そうだよ、御言さんは俺のことが好きなんだよ! そこに疑う余地はないと思う」
ここだけを聞けばなんと自意識過剰な台詞だと思うかもしれないが、ハッキリ言わないと御言はきっと納得しないだろう。
「むしろなんでそこを疑うの? 1度は納得したんだよね?」
「……はい、しました。わたくしは詞幸くんのことを好きなのだと教えられて、そのときは『やっぱり』と思ったのです。たまに感じる胸のモヤモヤの正体は恋心に起因するものだったのか、と晴れ晴れした気持ちになりました」
先ほどから彼女は目を合わせようとしない。落ち着きなく視線を彷徨わせる様は、常の冷静さを失っていることを物語っている。
「ですが、そのことについて一人で考えていると、いつの間にか反証ばかりを挙げてしまうのです。いくら男の子と関わる機会が少ないからといって、わたくしが詞幸くんのことを好きになるのはおかしい、彼にそこまでの魅力はない、と」
「それ本人を目の前にして言う!?」
「ごめんなさい! 動転していてつい!」
申し訳なさそうにするが、それでも本音を否定しないところが悲しかった。
「まあ俺自身、自分が魅力に溢れてるなんて烏滸がましいこと思ってるわけじゃないけどさあ、でも好きでもない相手にキスなんてしないよね? キスしたいと思う程度には好きだし魅力的だと思ってる――これには反論のしようもないでしょ?」
「いえ…………性的快感のためには誰とでもキスするかもしれませんっ」
「ふぁあっ!?」
思わぬビッチ発言に開いた口が塞がらない。
「恋愛感情がなくとも性的快感のために異性を求めるというのは誰にでもあり得ることですっ。お聞きしますが、相手が愛音ちゃんでなくとも――例えばもしここでわたくしが裸になって『おっぱい揉んでいいですよ』と言えば、なんだかんだ言い訳しながらも最終的には揉みますよね? 据え膳食わぬは男の恥と言いますが、単純に我慢できませんよね?」
詞幸は否定できなかった。それは否定すれば彼女を傷つけるから、ということでは一切なく、その誘惑に抗う自分の姿を想像すらできなかったからである。
「それと同じこととは考えられませんかっ? 身近にいる男の子がたまたま詞幸くんだっただけで相手は誰でもよかった、行きずりの犯行ですっ。ですからわたくしが貴方にキスしたのも恋愛感情によるものではなく、発情期のメスとしての本能だと解釈できるはずです!」
「そこは普通に恋愛感情でよくない!? 俺への恋心は認められないけど発情期のメスとしての本能は認めるって、どんだけ俺を好きだって認めるのが癪なのさ!」
彼女はどこまでも頑固だ。認めかけていた恋心を、ガバガバな貞操観念という泥を被ってまで否定しようとしている。
「御言さんに俺なにか悪いことした!?」
「ち、違います! これはその……人の上に立つように厳しく育てられてきたが故の弊害、ひいてはプライドの問題なのですっ。惚れた弱み、という言葉がありますが、恋をするということはその相手よりも弱い立場になるということに繋がりますから、否定したくもなります。だって、」
胸の前でギュッと拳を握り締めた。
「ワンちゃんのように思っていた詞幸くんより下の存在になるなんて、まるでわたくしがバター犬以下の存在になったようではありませんか!」
「それって俺のことバター犬だと思ってたってことだよね!?」
なぜそんな単語が御言の口から出てきたのか、彼女の名誉とプライバシーのために深く考えない方がいいだろう。