第22話 男の夢
夕方のチャイムが鳴る頃、ようやっと掃除が完了した。約1時間半かかった大掃除だった。不要な荷物はそっくり隣の空き部屋に移したため、掃除前より随分と広く感じる。
すっきりとした部室の中、4人はテーブルで紅茶を飲んで休憩していた。
御言の私物だというティーカップには、梅雨入り前の一仕事と言わんばかりにひと際輝く夕陽と同じ色の液体が揺れる。
「ん? どうしたキョミ。なんだか顔が赤いぞ。大丈夫かー? 風邪かー?」
「大丈夫だからっ。夕陽が差してそう見えるだけだからっ」
いまだ紅潮したままの季詠が手で顔を遮って誤魔化した。その様子を悦に入った様子で眺め、御言は紅茶を啜る。
「それで詞幸くん、話術部に入ってくれる気にはなりましたか?」
「もう、そんなに急かさない。掃除を手伝ってもらっただけでなんの活動も体験してないじゃないの」
季詠の声は平素よりも力が抜けている。
「せめて普段どんなことをしてるのか見てもらってからでないと。ね? 月見里くんだって判断できないでしょ?」
「そうだね。女子だけの部活っていうのもハードル高いし、もっと話術部についてよく知りたいな」
あくまでも自然に。そう努めた二人だったが、気まずさから、視線が交わってもすぐ逸らしてしまう。
「そんな必要はありませんよ。本当は彼だってこの部に入りたくて入りたくて仕方がないはずです。恥ずかしくて素直になれないだけですよ。だって男の子の夢、ハーレムですもの。ね? 詞幸くん?」
「え? いや俺そんな――」
「おいおい、ふーみん。下心丸出しかよ。まー女5人のうち一人は彼氏持ちだけどな」
(彼氏!? まさか愛音さんのことじゃないよね!!? その言い方だと別の人だよね!!!?)
「詞幸くん?」
御言がちらりとスマホを示す。柔和な笑顔に口の端を釣り上げた歪な表情だ。
「詞幸くんが『女の子大好きハーレム万歳』と言えば、この話術部に入れてあげますよ?」
本来、入部に部長の許可は必要ない。だから御言の言葉は意味を持たないはずだ。しかし詞幸はこの発言の真意を、こう汲み取った。
――ばら撒かれたくなかったらどうすればいいか、わかってますよね?
詞幸はすっくと立ち上がり諸手を挙げた。
「俺女の子だーいすき! 男の夢、ハーレム万歳! 女体に囲まれた青春ヒャッホー!」
(もうどうにでもなれー……!)
愛音の視線が突き刺さる。
恋する少年は涙が流れるのを必死に堪えた。
季詠はその光景があまりにも哀れで、直視することができないのだった。