第228話 完成! ASMR台本
「ASMR用の台本が出来上がりました~! どんどんパフパフ~!」
詞幸の誕生日会の翌日。御言は前日にあんなことがあったなんて微塵も感じさせない至って普通の様子で、ホチキス留めされたA4用紙の束を掲げた。
「いまから皆さんにもお配りしますが、これが織歌ちゃんと二人で作り上げた台本です。突貫ではありましたがなんとか形にはなったと思います。録音は週明けには行いますので、連休の内に台本を読み込んでおいてくださいね? 録音場所については周囲の雑音が入らないよう、放送室をお借りできることになりました。うふふっ、秘め事はほかの人に見られながらだとやりづらいでしょうから。そこでお一人ずつ、わたくしがディレクションしながらの録音となります」
御言から引き継ぐ形で織歌も説明を行う。
「収録内容としての目安は、読むスピードにもよるが一人5分から10分程度といったところか。ああ、念のため言っておくが、別に一発取りするわけじゃないから変に気負わなくていいからな? 台詞を噛んだらその部分だけ録りなおすだけだし、妙な間ができたりしてもわたしが編集でどうにかする。実際には30分で収録できれば御の字だろう。それと、一応各々のパーソナリティーに近しい配役をしたつもりだ。あまり演技らしい演技をしなくとも素の状態で読んでくれれば、それぞれの持ち味を活かした作品になるはずだ」
台本を手にして顔を強張らせる面々の緊張を和らげようという考えからの説明だったが、季詠は硬い表情のまま呟いた。
「それはありがたいけど……私はまだちょっと不安かな。紗百合先生にはいろいろ教えてもらったけど、やっぱり練習期間が短いし……。授業で教科書読むのとはわけが違うもの」
ここ最近の部活動では紗百合指導のもと、発声と朗読練習の取り組みがなされていた。
今回ASMRを録音するのは織歌と顧問である紗百合を除いた5人。全員がずぶの素人であるため台本を読み上げるだけではどうしても棒読みになってしまうが、それは音から快感を得るという、シチュエーションへの没入感こそが鍵であるASMRにとっては絶対に避けなければならないことだ。
その点、高校時代に演劇部に所属していたという紗百合は情感を籠めて物語を読み演じることには長けており、指導者としてうってつけだった。
しかし、そんな彼女の指導を受けようとも一朝一夕の付け焼刃ではすべての不安を払うことはできなかったようで、詩乃の顔からも余裕の色が飛んでしまっていた。
「練習期間が足りないのもあるけどさぁ、どーゆー感じで録音すんのかわかんないのもヤじゃない? 心の準備ができないってゆーか、なんかモヤるってゆーか……」
「はい、そう仰ると思いまして――今日はこちらを用意しました」
御言は席の後ろに置いてある段ボールから奇妙な形の物体を取り出した。
一見普通のマイクスタンド。だがその上部には直方体が乗り、両端には人の耳が形どられている。
「ASMR録音用のマイクです。口で説明するだけではイメージが掴みづらいでしょうから、今日は実際にこれを使ってユリちゃんにお手本を見せてもらうとしましょう」
「ええ、いいわよ。みんな、あたしの実演を大いに参考にしてね!」
文化祭の準備が遅れたのが自分の失態であるということを忘れたのか、実に偉そうな態度だ。
「ではユリちゃん、こちらを。デモンストレーション用に作った台本です。初見でも感情を籠めやすいよう、台本の中の役柄も教師にしています」
「ありがとう。じゃあ早速――こほん」
紗百合は居住まいを正し、マイクの耳に口を近づけた。
「――なぁに? え、先生のおっぱい飲みたいの? んふっ、エッチな生徒さんでちゅね~❤ でも……んしょ……ほら見て? きみならそう言うと思って今日はブラ付けてきてないの。んふっ、興奮しちゃった? じゃあ、お口あーんして、先っぽしゃぶって? んっ――はい、いきまちゅよ~? ピューッ、ピューッ。んふっ、おっぱいちゅっちゅするのお上手でちゅね~――ってなんなのよこの台本は!!」
台本を机に叩きつけて叫ぶ。
「生徒に母乳飲ませる教師がどこにいるのよ!!」
「まぁっ。不平不満を口にするなんて、ご自分の立場がわかっていないようですね。これは文化祭出店のことを失念していたユリちゃんへの折檻の代わりなのですよ?」
そう、2学期になって初めて紗百合が部活に顔を出したときに、御言は罰として『愉しい折檻』の執行を予告していたのだ。
「元々は詞幸くん用の女子スクール水着姿を披露してもらうつもりだったのですが、あまりにもムチムチで男の子には見せられない姿になることが予想されたため、配慮の結果このような形にしたのです」
「どうせ配慮するなら内容にも配慮して!? たった数行読んだだけで変な汗が止まらないわ!」
「そんなことをしたら折檻の代わりになりません。さぁ、皆さん。ユリちゃんのエッチボイスで想像の翼をはためかせ、どうか渦巻く欲望を解放してください」
部員全員に向けて発するが、母乳を飲みたいなどという欲望を持ち、かつそれを恥ずかしげもなく解放できる部員は彼女――愛音しかいない。
「さゆりんの激エロスク水姿も見たかったが――しかし! その代わりに授乳シチュエーションを堪能してオギャれるならそれもよしだな! にひひっ、なんなら臨場感を出すためにアタシが実際に吸ってやろうかー?」
「吸っても出ません! ていうか吸わせませぇーーーん!!」
参考になるどころか、自分はどんなものを読まされるのだろうかと季詠、詩乃、詞幸は戦々恐々となるのであった。