第227話 詞幸の誕生日会――のあと 後編
「うふふっ、今日は特別な日ですから、罰ゲームの内容も特別に選ばせてあげます。恥ずかしいのと苦しいの、どちらがいいですか?」
「うへえ~……碌な選択肢じゃない……」
と言いつつも、彼の心は既に固まっていた。
『恥ずかしいの』は、おそらく先日着用を勧められた男性用女子スクール水着姿の披露であろう。写真を撮られて記録が残り、長きにわたって継続的な辱めを受けること必至だ。
「『苦しいの』でお願いします」
こちらならば一過性の肉体的ダメージで済む可能性がある。
生粋のお嬢様である御言が肉体を苦しめるような野蛮な罰ゲームを行うというのはあまり想像できないが、彼女は折檻と称して詩乃にコブラツイストをかけた事実があるのだから、なくはない話だろう。
そのことを思い出した詞幸に、もしかして身体が密着するという罰ゲームどころかご褒美のような状況になるのでは、という下心があったことも、同じように否定できないが。
「『苦しいの』ですね。では、目を瞑ってください。わたくしがいいと言うまで絶対開けてはいけませんよ?」
促されて恐る恐る瞼を閉じると、すぐさま御言が一歩近づいた気配があった。
思わず腰が引ける。
「なになに!? なにするつもり!?」
「危ないですから動かないでください。あと喋るのも駄目です。やはり危ないので。そのままじっとしていてくださいね?」
コクリ。
彼が御言の言葉に黙って頷いた、その瞬間だった。
「っ――!?」
目を開けると、もう彼女の顔は離れていた。遅れて花の香りが鼻腔をくすぐる。
「もう……まだ目を開けていいなんて言っていませんよ……?」
口元を押さえて彼女は言う。その姿は、拗ねているようにも、恥じらっているようにも見えた。
「………………え?」
いまだ状況がわからず、というよりも飲み込めず、詞幸は指を自分の顔へと――左頬へと伸ばす。
つっ、と指先を滑らせ、柔らかな感覚の名残がある口の端――頬と唇の境目に触れる。
「いまのって……」
目を閉じていたから見たわけではない。そして彼自身経験がないので確信が持てない。
しかし――
あのしっとりとした肌のぬくもりは、
あの吸い付くように甘やかな感触は、
「もしかして――」
「普通の男の子にとってはご褒美になってしまうかもしれませんが、」
詞幸の言葉には取り合わず、彼女は舞うようにクルリと背を向けた。
「愛音ちゃんのことを好きな貴方にとっては意味が異なります」
そのまま数歩、リズムをとるように軽やかな足取りで進む。
「いまのを貴方の初めてとしてカウントするのか……それともしないのか。そして、」
立ち止まった彼女は、挑発的なウインクで振り向いた。
「わたくしがどうしてこんなことをしたのか、思い悩んで苦しむことが、わたくしから貴方に与える罰ゲームです♪」
「………………………………」
詞幸はなにも言えなかった。
なにか言わなければ。そう思うのに、言葉は形を作る前に解けていってしまう。
対して御言は、先の落ち着きのなさが嘘のように、自然な態度で微笑む。
「あ、そうそう。イルカのぬいぐるみですけど、同人誌の入っているその大きな袋に入れてくださいね? ちゃんと隠さないと皆さんに怪しまれてしまいますから。では、これ以上皆さんを待たせるのも悪いですし、そろそろ行きましょうか」
さくさく行ってしまう彼女のあとを追って部室を出た詞幸だったが、そこから誰とどんな会話をしても、耳から耳へと通り抜けてしまうのだった。