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第222話 心の距離感 後編

 詞幸(ふみゆき)詩乃(しの)に対する呼び方が変化したという情報は、部活の時間に季詠(きよみ)によって御言(みこと)織歌(おるか)にも共有されたのだった。

 すると、話術部の部長はこう提案した。

「では、わたくしたちのことも名前で呼んでもらえばいいのではないですか?」

 これには季詠も面食らったようだ。

「あ、あのね御言、そういうことじゃなくて……」

「そういうことですよ、季詠ちゃん。わたくしも愛音(あいね)ちゃんと同じ考えで、呼び方が変わった程度で二人の仲が進展しているなどと穿った見方をするのは早計だと思います。ですが、人の呼び方というのは心の距離感を表しているようにも思えてしまいますからね――実際には、同じ名字や名前の人が近くにいるだけで呼称も変わるのですが――とにかく、急にお友達同士が仲よくなってしまったと勘違いした貴女は、自分が仲間外れにされたような気になってしまったのでしょう」

 御言は優し気な微笑みを季詠に向けた。

「端的に言うと、ヤキモチですね♪」

「っ!? ち、ちがっ、わたっ――」

 瞬間的に顔が茹で上がってしまった季詠に向けて御言は続ける。

「なにも恥ずかしがることはないのですよ? 常日頃からわたくしも思っていたのです。わたくしが親しみを込めて初めからお名前で呼んでいるというのに、いつまでも名字呼びのままで、なのに愛音ちゃんだけはフレンドリーに名前で呼ぶのは差別ではないのかと。そして今度は裏で詩乃ちゃんを特別扱い。いえ、先に申し上げた通り、穿った見方をするつもりはありませんけれど」

 にこやかな笑顔と眼差しは詩乃に向けられた。それにはどこか”凄味”があり、彼女は蛇に睨まれた蛙のように射竦められてしまう。

 彼女らはお互いの恋の秘密を共有しているのだが、特に抜け駆け禁止などという取り決めをしたわけでもないので、本来的に言えば彼とどのような関係になろうと自由である。後ろめたさを感じる必要も、まして御言に責められる筋合いもない。

 しかし、やましいことなどしていない、と胸を張れない程度にはやましいことをしている自覚があるので、どうしても罪悪感を覚えてしまうのである。

「全ての人を平等に扱えなどと無理を言うつもりはありませんが、同じ部活の仲間なのに、親愛度に優劣をつけられているようで悲しいのです。この気持ち、詩乃ちゃんはわかってくれますよね?」

 名指しで同意を求められては否定などできるはずもない。

「う、うん…………詞幸、ウチ以外も名前で呼ばないとダメっしょ……?」

「まあ、俺は別に構わないけど……」

 話の流れについていけていないながらも詞幸がチラリと視線を向けると、御言は嬉しそうに、季詠は恥ずかしそうに頷いた。

 織歌は彼氏以外の男に気安く呼ばれる筋合いはない、と辞退したので、彼は改めて二人に向き直った。

 緊張しているのがバレないように静かに深呼吸。

「……御言さん、……季詠さん」

「~~~~~~~~」「ッ……………………」

 二人とも不自然なほどにノーリアクションである。

 無論、彼女たちは無視しようとしているのではない。胸の奥から湧き上がる甘い感情がだらしなく表情に出ないように耐えているのだが、彼女らの胸の内を知らない詞幸は当然そんな風には考えなかった。

(あれ? 無反応……。俺の言い方が悪いから不合格ってこと……? よし、もう1回)

「御言さん、季詠さん」

「~~~~~~~~!!」「ッ……………………!!」

(え、なんで? もしかして呼び方自体が駄目?)

「御言ちゃん……? 季詠ちゃん……?」

「///~~~~~~~~!!」「///ッ……………………!!」

(これもダメなの!? じゃあ逆に――)

「御言、季詠|(精一杯のイケボ)」

「///~~~~~~~~ッ!?!?!」「///ッ……………………ッ!?!?!」

「ちょっと詞幸やりすぎぃ!!」

「えっ、だって二人ともなに言っても無反応だから――」

「バカヤロー! お前のねっとりした言い方がキモすぎて必死に堪えてんだよ!」

「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 喧々囂々(けんけんごうごう)としたやり取りに、織歌は「付き合ってられるか」と呟いて部室を出て行ったきり、暫く戻って来なかったのだった。

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