第216話 女子部員だけの秘密 後編
「はぁ……仕方ない。話してやるか、わたしの初体験について」
追い詰められた織歌は溜息とともに切り出した。このまま語らずに逃げるという選択肢もあったのだが、彼女は彼女なりの考えを以って、話すべきことだろうと判断したのだ。
「最初に断っておくが面白い話じゃないぞ? お前らが期待しているような、甘酸っぱくてドキドキするような、幸せな話ではない」
「それってやっぱり……痛かったってこと?」
詩乃は具体的な表現を避けたが、織歌はそれに対してハッキリと頷いた。
「ああ、あの瞬間は最悪に痛かった。思い出したくもないものだが…………わたしが論点としているのはそんな些細なことではない」
言い捨てた彼女を、一同は息を呑んで見つめる。
「わたしがあいつと初めて関係を持ったのは、中学3年生の秋――去年の11月の話だ」
「え? でも織歌たちが付き合い始めたのって……」
「ああ、今年のゴールデンウィークの終わりからだ」
季詠が口にした疑問は端的に説明され、
「付き合い始める半年も前に、わたしはあいつに襲われたんだ」
そこからは誰も口を挟まなかった。
「すでに知ってると思うがわたしとあいつは幼馴染だ。家が隣同士で物心つく前からの友人だった。年頃になって互いを異性として妙に意識し疎遠になる――なんてありがちな展開にもならず、よく互いの家を行き来していたよ。
わたしは自分の恋心を自覚していたし、下心がまったくなかったと言えば嘘になる。が、だからといって特別なにかをすることもなかった。オシャレをするわけでも、可愛らしい仕草でアプローチをするわけでもない。むしろ女として見られるのが恥ずかしくて、男物の服を好んで着ていたくらいだ。そして、昔と同じように、男の友人同士がするような粗野な接し方で、ただ一緒にゲームをしていただけだ。
そう、あのときも、わたしの部屋でゲームをしていたんだ。1対1で格ゲーをして、わたしが負けた。なにか賭けていたわけでもない、罰ゲームを決めていたわけでもない、何回も連続で対戦していたときのなんの変哲もない一戦が終わって――気が付いたら、押し倒されていた。
なにがなんだかわからなかった、というのが正直なところだ。ムードもへったくれもない。格ゲーの真似でタックルを受けたと感じたくらいだ。そのまま為す術なく――」
織歌は当時の状況を事細かに描写していった。どのように自分が散らされたのかを。
「取っ組み合いの喧嘩なんて幼稚園以来していなかったからな、力の差には驚かされた。男の筋力には抵抗しても無駄だと悟り、恐怖すら覚えたよ。愛の囁きでもあれば違ったのだろうが、そんな洒落たものはなく、ただ荒い息遣いしか聞こえなかった。
そんな状況では好きかどうかなんて関係ない。あいつの顔は獣のようで別人にしか見えなかったからな、赤の他人にされているのと変わらん。感じるのは嫌悪感だけだ。それでも泣き叫ばなかったのは……どこか諦めてしまったからだろうな。無警戒に部屋に招いたのはわたしだし、あわよくば男女の関係になれればいいと思っていたのは事実だし、力では勝てないから逃げられないし――なにより、あいつを傷つけたくないとも思ったし。しょうがないことだと、諦めるしかなかったんだ。
だが不運なことに、抵抗するのをやめたら、あいつはわたしが受け入れたのだと勘違いして行為をエスカレートさせたよ。文字通りの苦い思い出になったわけだ。
逆に不幸中の幸いだったのは、その日がたまたま安全日だったことだな。安全日だからといって妊娠しないわけではないが、ほかの日に比べればいくらか確率は低くなる。もしあのとき着床していたら、わたしもあいつも受験どころではなかったろうな。
行為が終わったあと、ついに堪え切れずわたしは泣いてしまったんだ。そこであいつはようやっと自分の間違いに気づいたらしい。そのあとはもう謝罪を受ける毎日だった。あいつは負い目があるから責任から逃げるわけにもいかず、男の恐ろしさと妊娠の可能性に怯えていたわたしは簡単に許すことができず……かといって、わたしと同じ高校に通いたいから勉強漬けの毎日でフラストレーションが溜まったのだ、と言い訳されれば、邪険にすることもできない。そんなギクシャクした関係は検査薬で陰性が出たあとも続き、結果として、半年も冷戦状態が長引いてしまったわけだ。
取り留めもなく話したが、わたしが言いたいのは、男はいつ豹変するかわからないということだ。その内側に大きな情欲を溜め込み、一気に爆発させる可能性がある危険な存在だとお前たちにも知ってほしい。ただの友人関係だと思って油断していると痛い目を見るぞ」
長い息を吐いて友人たちを見回す。皆一様に下を向き、なにか考え込んでいるようだ。
少し脅し過ぎただろうか。織歌はそう危惧したが、しかしハッキリと注意を促すことは必要だ。
いまの関係に落ち着いている以上、己の身に起きたことがすべて過ちだとは言えないが、もっと違う形で関係を築きたかったというのもまた事実。
できることなら、この友人たちには同じ轍を踏んで欲しくないのだ。
「…………ルカの言いたいことはわかった、男がどういう生き物かということも」
重い沈黙のなか、最初に口を開いたのは愛音だった。
「だからこの部からふーみんを追放しようッ! 男は危険だッ! アイツがいつまた《淫獣形態》になるかわからんからな!!」
「はい……それも仕方のないことかもしれませんね。1度検討してみませんと……」
「月見里くんなら大丈夫、なんて保証はないもんね……。たまに視線がやらしいのは事実だし」
「ウチも考えが甘かったわ……最近アイツと仲よくし過ぎてたから注意しないと……」
(ヤバい、やはりビビらせ過ぎたか!! なんてピュアな奴らなんだ!!)
詞幸を想定して男の危なさを説いたのに、直後に彼の誠実さを弁明する羽目になるのだった。