第215話 女子部員だけの秘密 前編
「詞幸くんがいないのです、せっかくですから女の子だけでしかできない話をしてみませんか?」
御言が胸の前で手を合わせてみんなの顔を見回した。
言わんとしているところを察した詩乃は、髪を指に巻きつけて引き気味だ。
「まさかそれって――」
「はいっ、エッチな話ですっ」
それは実に朗らかな笑みだった。しかしほかの面々の表情には緊張が走る。
「皆さんがこれまで体験してきた、異性とのエッチなエピソードを披露してもらいます。別にお相手の名前を挙げなくても構いませんし、個人を特定できそうな情報を伏せるのも当然可能です。では順番は」
「え、ちょっと待って御言」
と、そこで口を挟んだのは季詠だ。
「……エッチな話をするの? みんなで?」
「はい。思春期ですもの、みんな興味があるはずです。季詠ちゃんも好きですよね、エッチなこと」
同じ罪を犯した者同士なのだ。なんのことを指して言っているのかわからない季詠ではない。
「………………」
ここで強く否定して墓穴を掘る事態だけは避けたいと、彼女は黙って俯く。
それを無言の肯定と受け取った御言は満足げに頷き、話を続けようとしたところで、またもや出鼻を挫かれてしまった。
愛音が立ち上がり、遺憾の意を示したのだ。
「待て待てミミ! お前は間違ってるぞ! いや、お前の話題選び自体は間違っていない。男がいないというこの状況に相応しいし、確かにアタシもエロい話は好きだ。けどな! 『異性とのエッチなエピソード』に限定するとはどういう了見だ! 多様化する性への理解が叫ばれる現代において、同性とのエロエロエピソードを排除するなんて正気の沙汰じゃないぞ! ていうかアタシは女のカラダにしか興味がないから話すことがない! 女体について語らせろ!!!」
その熱い咆哮を、話術部の部長は目を閉じて真摯に受け止めていた。
「ごもっともな意見だと思います。わたくしとしても、百合への興味もありますし、BLへの関心も高まってきています。それ以外の、獣姦、異種族、無機物――あらゆる嗜好、あらゆる繋がりも否定する気はありません。ですが――」
彼女の瞳には強い光が宿っていた。
「ですがいまは、男女のエッチな話を聞きたい気分なのです!」
「…………なにこの酷い会話」
「私もう帰りたくなってきた……」
げんなりする詩乃と季詠。そんな彼女らを無視して御言は続ける。
「しかし、愛音ちゃんの言うように、そういった体験をしてこなかった人もいるかと思います。なにせ、わたくしたちは男性とお付き合いしたことがないのですから。詩乃ちゃんはお付き合いの経験があるようですが、それもごく短期間のこと。あったとしても軽いスキンシップ程度でしょう?」
「……まぁね。人に語れるほど内容の濃いもんじゃないけど……」
「そう、わたくしたちは生娘なのです。人様に披露できる経験などしていない未熟者なのです。ですが、だからこそ、憧憬の念は絶えません。ああ、どこかに、ラブラブな彼氏さんがいて、いろいろな経験を積んでいる、素敵な女の子はいないでしょうか――」
「………………………………………………」
「いないでしょうか――」
「くっ…………!」
傍らから送られる熱視線に耐え兼ね、隠れるように沈黙を貫いてきた織歌が口を開いた。
「やはり矛先はわたしに向くか! 最初からこうするつもりだっただろう、回りくどい奴め!」
「あら、気づかれていましたか」
御言は悪びれもせずクスクスと笑った。
「それでは話が早いですね。織歌ちゃん、彼氏さんとの初エッチの体験談を話してくれますか?」
「な…………ッ!?」
「えっ、アンタらもうヤッてたの!?」
「そ、そういうデリカシーがないこと聞くのは駄目だと思う!」
「………………………………」
驚きに目を見張り興奮を隠せない詩乃、口とは裏腹に身を乗り出して傾聴の構えを取る季詠、生々しい話に耐性がないために赤面して俯く愛音――三者三様の反応を前に、織歌の思考はグチャグチャになり冷静さを欠いていた。
「でででデタラメを言うな! わたしとあいつはまだそんな」
「まぁ、性経験の有無というのは一種のステータスとして見られることもありますから、女の子にとっては秘密にしたいことでも、男の子にとっては自慢したいことだったみたいですよ?」
「そんなっ……まさか、あいつが言い触らしていたのか!?」
「うふふっ、噓ぴょんでーっす♪ カマをかけちゃいましたっ」
「は……?」
顔が急激に蒼ざめる。同じ手口で騙された経験のある織歌は、口をあんぐりと開けて放心状態だ。
「そうですか~、織歌ちゃんはもう大人の階段を昇っていたのですね~?」
「くっ、くそ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
口汚い罵声は、騙した御言ではなく、この状況を招いた詞幸へと向けられていた。