第214話 男友達の存在証明
「あれ? ふーみんは?」
放課後、愛音はドア側の席を見て首を捻った。
話術部の部室において1番の下手にあるその席は詞幸の定位置なのだが、いまは主がおらずポッカリと浮いて見える。
「やけに遅いなー。アイツって今日、日直だっけか?」
なんの気なしの言葉だったのだが、季詠は怒り気味に呆れた声を出した。
「もうっ! 愛音ったら聞いてなかったのっ? 今日はクラスの友達と一緒にカラオケに行くから部活は休むって、さっき月見里くん本人が言ってたじゃない。スマホいじってたからって、あんな至近距離で話してたのに聞いてないんじゃ可哀想でしょ」
「え? 嘘だろ!?」
「噓もなにもその場に私も」
「そうじゃなくて! アイツに友達なんていたのか!?」
「そこに意外性を感じるのは失礼じゃない!?」
よほど信じられないのか、愛音の疑いの眼差しはなおも続く。
「なーキョミ、もしかしてアイツに騙されてるんじゃないのか? 友達ってのは本当に実体を持った人間なのか? キョミ自身の目でちゃんと確認したのか? アイツの話だけに出てくる脳内フレンドとかじゃないのか?」
「そこまで心病んでるように見えるの!?」
どれだけ疑り深いの、と季詠は額を押さえて長く息を吐いた。
「クラスメイトといつも普通に話してるじゃない。ほかのクラスからも月見里くんに会いに来る男子がいるくらいだし、愛音が思ってるよりずっと交友範囲は広いよ?」
「ん? そうだっけか? うーーーーん……ふーみんと話すようになって3か月くらい経つけど、そんなシーンは1度も見たことがないぞ?」
「ウチは見たことあんよ? 男子同士で仲よさそうにしてるとこ。たまにB組の中覗くと漫画の回し読みとか一緒にスマホでゲームとかしてるし、友達はケッコーいる感じ。夏休みも男子だけでつるんでボーリング行ってきたって話してたし」
詩乃が目撃談を話すと、張り合うように御言もそれに同調した。
「わたくしも、廊下で男友達とじゃれている詞幸くんを見たことがあります。5,6人でとても楽しそうにワイワイしていましたが、その輪の中心は詞幸くんでしたね。この部でもそうであるように皆さんにからかわれている様子でしたが――うふふっ、屈託のない笑顔が印象的でした」
「うん、月見里くんっていじられキャラっぽい立ち位置で、けっこう話の輪に入ってるんだよね。誰とでも仲よくできるって言うか、誰とでも合わせられる感じかな?」
「あれー? アタシの認識が変だったのかー? アイツにそんなイメージはないんだがなー…………。男友達なんていないクセに部活では女に囲まれてヘラヘラしてる、一昔前のハーレムラブコメの主人公みたいなヤツだなーって思ってたのに」
「待て小鳥遊、ラブコメの主人公だってちゃんと友達くらいいるそ」
愛音の批評に、これまで黙って話を聞いていた織歌が異を唱えた。
「いやー、そういう主人公の友達なんて、いても精々一人だけだろ。まー、ああいうのはリアリティを求めたら負けだよなー。ぼっちな主人公が急にモテたりするのにいちいちツッコんでたら楽しめん。普通なら友達もロクにいないような男だと女は警戒するからなー。それなのに女とのコミュニケーションはバッチリ、なんてヤツは恐怖すら覚える――っておいおいルカ、話を逸らすんじゃない。いまアタシはラブコメの話をしてるんじゃないぞ? ふーみんに友達がいるなんておかしい、という話をしてるんだ」
「ああ、だからそれはラブコメ主人公の男友達と同じで、ただ描写されていないだけなんだ」
「描写、されてない……?」
「そうだ。ああいった作品のメインターゲットは男だからな、自ずと描写もそれを意識したものになる。可愛い女キャラが売りで、受け手である読者や視聴者もそれを期待しているのに、男同士の友情を見せられても客が離れるだけだろう? だから不要なところは敢えて描写しないという手法を取るんだ。そしてこの場合、」
織歌は愛音の眼を見て言った。
「描写する側と受け手側は――どちらもお前だ」
「……アタシ?」
「そう、つまりは、受け手であるお前が面白くないと感じるから、お間の脳は視界に入ってくる月見里の情報を描写しなかったんだ。――この世界はラブコメではない。月見里の存在は認識しようと思えば認識できたはずなんだ。なのにお前の脳はそれをしなった。換言しよう――お前が月見里に友達がいないと錯覚していたのは、単純にあいつに興味がなかったからだ」
「おおっ、そうか、それはありえる! 流石ルカ、説得力があるなっ!」
「可哀想だから本人の前では絶対に言わないでね……」
季詠が目頭を押さえる。
聞いている方がいたたまれなくなる悲しい方程式であった。