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第211話 学園祭に向けて 後編

 紗百合(さゆり)の他力本願な計画を聞いて、御言(みこと)織歌(おるか)は渋い顔を作った。

「まぁ、わたくしと織歌ちゃんで実績を作れるというのならそれに越したことはありませんが、あくまでそれは話術部としての活動からは外れたもの。芳しい成績を収められなければ実績としては認められないでしょう。コンテストは10月からですし、結果の見えないものをアテにするのはなかなかにリスキーですね」

「わたしの方も同様です。現時点では大会に参加してすらいないのですから、未来の結果に頼るのはいかがなものかと。さらに言えば、わたしはあくまでも文芸部の助っ人として参加するに過ぎません。仮に好成績を収めたとしても、個人競技ではない以上、主体である文芸部の実績としてカウントされる比重が大きいのでは?」

「むむっ。うぅーん、確かにそうかもしれないわね……」

 捕らぬ狸の皮算用的な紗百合の目論見は早くも崩れつつあった。

「ということはなにか話術部らしい発表をしなければならないということよね……?」

「発表って言ってもなにするんだ? 話術らしいって、普段のアタシらっぽいって意味じゃなくて、あのコミュニケーションがどうたらこうたらいうややこしい理念のヤツだろー? 喋り方講座とか詐欺に引っかからないための講習会とかか? めちゃくちゃつまんなそうだなー」

 愛音(あいね)は露骨に嫌そうな顔をした。すでにやる気を失いかけている。

「じゃぁさぁ、漫才とかコントはどうよ。話術ってゆーなら、お笑い系もありじゃない?」

「おっ、縫谷(ぬいや)さんそれいいわねぇー。それならみんなで楽しくできそうよね」

 紗百合が指を鳴らして賛同する。が、すぐさま季詠(きよみ)が問題点を指摘した。

「でも先生、体育館と野外ステージは事前予約の抽選方式で、もうとっくに空きがなくなってるって話でしたよ?」

「えぇーっ、残念……。ならもう展示しかないかしら。適当に過去の資料を纏めてこの部屋に掲示すれば一応体裁は整うわ」

「でもそんなの誰が見るんだ? 高校の文化祭でそんな辛気臭いの見に来る物好きがいるとは思えんなー。そもそもここめっちゃ遠いし」

 話術部の部室は特別教室棟4階の奥まった場所に位置する。ついでに立ち寄ろう、となるような場所ではないのだ。

「うぇ~、学園祭っていうアガるイベントでそんなつまんないことすんのウチはごめんだわ~」

「確かに、私も折角なら楽しいことがしたいなぁ。アイディアは全然浮かばないけど……」

「困りましたね……。ユリちゃんのせいで八方塞がりです」

「ああ、さゆりんのせいでなー……」

「ごめんなさい! 悪いとは思ってるからそれ以上責めないで!」

 そんな風に部室内に閉塞感が漂い始めたとき、

「あの……いいかな? こういうのもアリかはわからないんだけど……」

 おずおずと詞幸(ふみゆき)が手を挙げた。

「なんでしょう、是非言ってみてください。どんなアイディアでもみんなで検討しますから」

「じゃあ――ASMRを作るのはどうかな?」

「ASMR? 寡聞にして知りませんが……それはどのようにいやらしいプレイなのでしょうか。女王様役には興味がありますが」

「なんで間のSとMだけで判断したの!?」

 詞幸がツッコミを入れてしまったため、代わりに織歌が説明をしてくれた。

「『ASMR』とは、Autonomous Sensory Meridian Responseの頭文字を取ったもので、『自律感覚絶頂反応』などと訳される。主に聴覚情報により引き起こされる心地よさのことを指した言葉だ。定義上は視覚や触覚にも当てはまるが」

「う~ん……それだけだとイマイチ想像ができませんね……。織歌ちゃんが普通に説明してくれるということは、『絶頂』といってもエッチなものではないのですよね?」

 新しい概念に首を捻る御言に対し、詞幸が説明を引き継ぐ。

「うん、わかりやすく言えば聞くと気持ちいい音のことなんだよね。焚火の音とか耳かきの音とか、落ち着くような、くすぐったくなるような、そんな音を聞いて気持ちを落ち着けるものなんだよ。最近だとそういった音だけじゃなくて声優さんの声で物語性のある台詞を喋ってくれるものもあるんだ。一人芝居のドラマCDみたいな感じって言った方がわかりやすいかな?」

「まぁ、そんなものが――。詞幸くんも聞いたことがあるのですか?」

「うんっ。ASMRは大抵、バイノーラル録音っていう特殊な方法で録られるんだけど、これの臨場感が凄いんだよ! イヤホンから聞こえてるって感じじゃなくて、本当に耳元で喋ってくれてるみたいなんだ! 俺が好きなのは同級生の彼女が膝枕とか添い寝とかして優しく癒してくれるのなんだけど、頑張ったね、偉いね、って俺のことを全部受け入れて包み込んでくれるんだよ! その囁き声がまた恋人だけに向ける甘々な感じで最高でさあ、まるで吐息を感じたみたいにゾクゾクしちゃって――」

 そこで彼はハッとした。

 周囲の目が、室内の空気が、異様に冷えていることに気づいたからだ。

「詞幸ってそーゆー趣味があったんだ……。ちょっと考えちゃうかも……」

「お前、疲れてるのか? わたしでよければ相談に乗るぞ?」

「キモイな、ふーみん。いや、趣味は人それぞれだからな、別にいいと思うぞ? うん……」

「……なんか月見里くん、やらしい」

「リアルの女の子と上手く付き合えない反動ですかね? お可哀想に」

「つらいなら無理して学校に来なくてもいいのよ?」

 結局、詞幸の熱意により出し物はASMR販売と決まったのだが、皮肉にも彼はその代償として、ASMRによる癒しが必要な状態に追い込まれてしまったのだった。

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