第202話 ぬいやけ④
詩乃が料理している間、詞幸と香乃はソファに並んでテレビを見ていた。
といってもおしゃべりに夢中でほとんどたれ流し状態である。正確には、香乃が詞幸本人のことや学校での詩乃の様子などを質問攻めにしてくるので見る暇がないのだが。
「ね、先輩。ウチのお姉ぇヤバくないですか?」
「ヤバいって――どういう意味で?」
抽象的過ぎて迂闊に答えられない問いだ。
「もう、わかってるクセにぃ~。可愛くて綺麗でエロいですよねって意味ですよぉ」
香乃がうしろを振り向く。その視線の先では詩乃がテキパキと昼食の準備をしていた。包丁のトントンという規則的なリズムと鍋のグツグツ煮立つ音がハーモニーを奏でている。
「ほらほら、あのエプロン姿とかよくないですか? 普段はギャル全開なのに意外と家庭的っていうギャップがそそりますよね。あたしが小学生のときからなんですけど、二人でお留守番だと栄養のことも考えてご飯の準備してくれるんですよ。そんで食べ終わったら一緒にお人形で遊んでくれてたんです。基本、面倒見がいいんですよねぇ」
「ああー、わかる。言葉の強さからはあんまり想像できないけどね」
夏祭りでそつなく迷子の対応をしていたことを思い出しながら詞幸は頷く。
その反応に香乃も満足げに頷いた。
「ですです。いいですよねぇ、こういう女子力高い女の子。で、そういう中身だから外身がまた輝くわけですよ。ほらほら、じぃっと見てたらなんかムラムラしてきません? 後ろから抱きしめたくなりません? 料理なんかよりお前を食ってやるぜ、って気持ちになりません?」
「えっと――の、ノーコメントで……」
「むぅ、変に誤魔化さなくてもいいじゃないですか。お姉ぇに言いつけたりしませんから。ほらほら、素直にムラムラするって白状したらどうですかぁ? 胸はないけど、全身すべすべで触ると気持ちぃんですよぉ?」
心のセーフティーを取り払おうと甘言を弄する香乃。しかし詞幸は頑なに口を真一文字に引き結んだままだったので彼女は次の作戦に出た。
「これだけ押してもダメなら、とっておきのモノをお見せしましょう」
「とっておき?」
「ムービーなんですけどぉ、」
声を潜めて耳元で囁く。
「お姉ぇの裸エプロン姿です❤」
「はだ――!?」
大声を出しそうになったのをすんでのところで堪えた。両手で口を押える。
「興味あり、ですね?」
その滑稽ながらも心情を雄弁に物語る仕草に、弾んだ声で小さく笑う。
「お姉ぇは自分を可愛く見せる研究に余念がないんですよ。それでいつだったか、家に誰もいないと思って裸エプロンやってたことがあって、それを隠し撮りしたんです。鏡の前でポーズ取ったりしてマジ激エロですから。あ、でもエプロンで隠れてて肝心な部分は映ってないからそこは期待しないでくださいね? お尻は丸見えですけど」
「いやそれ十分肝心な部分でしょ……」
「あ、ありました。これですこれですっ」
スマホを操作していた手を止めて香乃が身を乗り出してくる。ディスプレイには、僅かに隙間が開いた木製のドアのみが映っていた。
「見たいですか?」
悪魔の囁きだ。
再生ボタンを押せばこのドアの隙間が大きくなり、室内であられもない姿となった詩乃が映し出されるのであろう。
「……み、」
迷った。彼は迷いに迷った。
良心の呵責に苛まれ、人としてあるべき姿を考え、法と正義の意味に悩み、その末にようやっと詞幸は答えを出した。
「見たいです……」
「くふふっ、先輩ならそう言ってくれると思ってましたっ。やっぱり男のコですねぇ」
実に愉しそうに、今日一番の笑みを見せる。
「では先輩、心の準備はいいですか? よぉ~っく見ていてくださいねぇ?」
「わぁ、楽しみ~。どんなエロエロな姿が見られるんだろぉ~」
ウキウキに満ちた声が返された。が、その声の主は詞幸ではない。
「「………………」」
詞幸と香乃は目を見合わせた。怖くて後ろを振り返ることができないのだ。
そんな彼と彼女の耳に聞こえたのは、笑い声だった。
「きゃはははははははははっ。いやぁ~アンタらの仲がよさそうでウチも嬉しいわぁ~」
緩慢な動きで振り向くと、詩乃がニコニコと今日一番の、どころかこれまでで一番の笑みを見せていた。
「あれ、どうしたの? 早く再生してみせなさいよぉ~。ウチも興味あるんだからぁ~」
エプロン姿で猫撫で声を発し、明るい笑顔を振り撒く姿はさながら保母さんのよう。子供たちにも好かれるに違いない。
その手に包丁が握られていなければの話だが。
「「ごめんなさ~~~~~~~~~い!!!」」
並んで土下座をするという体験を共有し、彼らはさらに仲よくなったという。