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第201話 ぬいやけ③

「あははは……。ごめん、アンタらが会うことなんてないと思ってたから、香乃(かの)にはテキトーに説明してた……」

 階段を下りてきた詩乃(しの)はバツが悪そうに目を逸らして謝罪の言葉を口にした。

 その姿は制服から部屋着に変わり、後ろ髪はシュシュでまとめてポニーテールになっている。

「でも当たらずとも遠からじ的な? 黒じゃないけど完全に白とも言えないグレーゾーンなロリコンじゃん。うん、ウチは間違ってない!」

「大いに間違ってるよ! 縫谷(ぬいや)さんのせいで俺が変な扱いされてるんだよ!? 少しは反省の色を見せてよ!」

「だから謝ってんじゃ~ん。メンゴメンゴ~」

 まったく悪びれる様子がない軽い言葉に、これ以上は無駄だとばかりに詞幸は肩を落とした。

 と、そこに優しく手が置かれる。

「まぁまぁ、細かいことは気にしないでくださいよぉ。そんなことより、結局どんな呼び方がいいんですかぁ? お兄ちゃん? お兄様? 兄貴? あんちゃん? 兄上? にいちゃま?」

「……あのね、妹さん。こんなこと言うと俺のロリコンとしてのこだわりが強いと勘違いされるかもしれないからあんまり言いたくはないんだけど、年下の女の子にお兄ちゃん扱いしてほしいというのはロリコンじゃなくて妹萌えだと思うんだ」

「あっ、それもそうですね。間違えちゃいましたぁ、えへへ~」

 香乃は自らの頭をコツンと小突いてはにかむ。

「…………」

 詩乃はその様を無言で睨んだ。

 妹のわざとらしい態度には他意しか感じられないが、それを指摘してしまっては妹の思う壺である。

(どうせ詞幸(ふみゆき)のことだから、香乃のバカがなんでこんな話してんのかも言われなきゃわかんないだろうし)

 現に詞幸は香乃の意図に気づかず、こんなことを言ってのけた。

「でも俺一人っ子だから兄弟がいるのって憧れるんだよねえ。妹がいる生活ってのも楽しそうでいいかもねえ」

 これを無自覚に言うのだから堪ったものではない。

 それこそ彼に他意はないのだが、こっちはそんな未来図を勝手に想像してしまい、気恥ずかしくて仕方なかった。

(くぅ~、香乃の思惑を打ち明けても打ち明けなくてもこんな思いをするなんてぇ~っ)

「くふふふふふふっ」

 隠れて恥ずかしがっていると、ふと目が合った香乃のほくそ笑む顔にやたらと腹が立つ。

 そんな姉の反応を見て気をよくしたのか、香乃は攻勢を強めた。

「ほらやっぱり妹に憧れてるんじゃないですかぁ~。じゃあ先輩のことは『お兄ぃ』って呼びますね? お姉ぇの対になる呼び方ですから、これであたしたちは疑似的な家族です!」

「「えぇ!?」」

 詩乃と詞幸の声が揃う。これにはさすがに詞幸も意識せざるを得なかったようだ。

 チラチラと詩乃の方を見ながら――しかし目を見ることはできず――抗議した。

「あ、あの、それはちょっと恥ずかしいから勘弁してほしいなあ、なんて。だったら先輩って呼んでくれた方が嬉しいんだけど……」

「えぇ~っ。あたしはお兄ぃって呼びたいんですけど……まぁいいです。諦めます」

 意外にもあっさりと香乃は引き下がった。やけに物わかりがいいので詩乃が訝しんでいると、案の定「ですが」と香乃は要求を突きつけた。

「先輩が呼び方の注文をつけるなら、あたしも先輩に呼び方の注文をつけます。いいですよね?」

「まあ、常識的なのなら妹さんの希望に沿うようにするよ?」

「ほら、それです。先輩、さっきもあたしのこと『妹さん』って呼びましたけど、あたしの名前は『妹さん』じゃないですっ。それだとあたしがお姉ぇの付属品みたいじゃないですかっ。ハッキリ言って失礼ですよ? それにお兄ぃって呼ばれるのを嫌がっておいてあたしのこと妹扱いするのは矛盾してますよね?」

「うっ、確かに……。ごめん」

「あたしにはちゃんと香乃っていう超絶キュートな名前があるんですから、名前で呼んでください。あ、あとお姉ぇのこと『縫谷さん』呼びするのも禁止です。この家には縫谷さんしかいないんですから、名前で呼ばないとややこしいんですよねぇ」

 香乃が詞幸に見えないようにウインクを飛ばす。

 詩乃は、余計なことするな、と睨みを利かせたが、窺うような詞幸の視線に気づくとツンとそっぽを向いてこう答えた。

「ま、まぁ香乃が言うことも一理あるし? 好きに呼べば? ウチは別に構わないけど?」

 その返答を受け、詞幸は顔を赤くしながらも決意を固めた。

「…………じゃあこれからは香乃ちゃんと、」

「はいっ」

「し――詩乃さんって呼ぶね?」

「~~~~~~~~~~~~っ///」

 もにょもにょと口を動かして身じろぎする詩乃。

 そして言った本人である詞幸も恥ずかしさの余り身体を動かしている。

 くねくね、ぐねぐね、くねくね、ぐねぐね――

「うわ、なにこの気持ち悪いシンクロ……」

 それは、策謀した香乃でさえも思わず後ずさりするような奇怪な光景であった。

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