第200話 ぬいやけ②
「どうぞぉ。麦茶ですけど」
ソファを勧められ腰を落ち着けたところで香乃がグラスを持ってきてくれた。
詩乃は『汚れるとヤだから制服で料理したくない』と2階の自室へと着替えに行っている。
その間は香乃がおもてなしをしてくれるというのだ。
「いやあ、ありがとう、嬉しいよ。今日も暑いからね」
遠慮なく一気に飲み干す。カランと氷が鳴ると、それを合図としたかのように、
「それじゃ改めて自己紹介を――」
立ったままで香乃はそう言い、軽く咳払いをしたあと詞幸の前でポーズを取ってみせた。
「はろ~ん、あたしは縫谷香乃、中学2年生でっす。好きな色はベビーピンクで、好きなものはふかふかもふもふ。よろしくお願いしまぁす☆」
親指から中指の3本ピースを『まぁす☆』のところで右目の横で倒すと同時にウインク。
(うわあ……このギャル感強めな自己紹介、既視感ある……)
姉から多大なる影響を受けたとわかる派手な自己紹介に詞幸は圧倒されてしまった。
まだ中学生ということもあってか、詩乃ほど制服を着崩してはいない。しかしスカートの丈は短く、薄いながらも化粧もしており、おそらく校則で許されるギリギリのラインを攻めてオシャレを楽しんでいるのだろうと察せられた。
顔立ちは詩乃によく似ており、彼女の中学時代をありありと想像できる容姿だ。
そんな香乃から期待に満ちた眼差しを向けられ、半端なところで中断されたままだった自己紹介を再開した。
「俺の名前は月見里詞幸。お姉さんとは違うクラスだけど同じ部活に入ってて、家も駅の反対側ってだけだからよく一緒に帰ったりしてるんだ」
「お姉ぇから聞き出して知ってます。よろしくお願いしますね、先輩♪」
先輩――
どことなくこそばゆい響きに詞幸は頬を緩めてしまう。
「なんだか先輩って呼ばれるのって恥ずかしいね……。いままでそんな呼び方されたことないから落ち着かないよ」
「あれ? 気に入りませんでしたぁ?」
「気に入らないってことはないけど……でも同じ学校でもないのに先輩って変な感じしない?」
「う~~ん、あたしは別に。年上だし、人生の先輩的な意味でも間違ってないと思いますけどぉ」
香乃は首を捻る。
これは感覚の問題であり、人によって捉え方が異なるのかもしれない。
「あ、そっか!」
と、パッと晴れやかな顔になって彼女は言った。
「『先輩』じゃなくて『お兄ちゃん』って呼ばれたいんですねっ? ロリコンだから!」
「ぶふぇえ!?」
唐突な発言に思わず吹き出してしまった。
「な、なんでそんな発想になるの!?」
「だってお姉ぇがよく言ってますよ? 『詞幸はロリコンだから――』って」
香乃は詞幸の隣にちょこんと座ると人懐っこい仕草ですり寄った。
「それとも、もう14歳のあたしに呼ばれても嬉しくないですか? 確か、10歳前後のコがストライクなんですよね?」
「おのれ縫谷さんんんんんんん!」
初対面だというのに最悪な勘違いをされ、詞幸は詩乃を恨むしかなかった。