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第199話 ぬいやけ①

 同級生女子の家の脱衣所を使うという経験はこれまでになく、詞幸(ふみゆき)は落ち着かない気持ちのまま用を済ませてそそくさと退出した。

「パパの服でごめんねぇ。サイズはダイジョブ?」

「うん。ちょっと大きいけどゆったりしてて着やすいよ。ありがとう」

 香乃(かの)がぶちまけたレモネードの被害はYシャツだけでなくスラックスにも及んでおり、詞幸はTシャツとハーフパンツというラフな装いへと着替えたのだった。

「パンツは濡れてませんでしたかぁ? よければ一緒に洗いますけど」

「だ、大丈夫だから!」

 詩乃(しの)の背後からひょっこり顔を覗かせた香乃は悪戯に笑う。

 姉はそんな妹の脇腹を肘で小突いた。

「香乃、アンタふざけてないでちょっとは反省しなさい! 詞幸だから笑って許してくれたけど、ほかの人だったらこうはいかないんだからね!? もっと危機感持ちなさい!」

 説教モードに入った姉に対し、香乃は「はぁい」と形だけの反省を見せた。

「ったく、ホントにわかってんのかしら……」

「まあまあ縫谷(ぬいや)さん、妹さんも悪気があったわけじゃないんだし」

 実際のところ香乃には悪気しかなかったのだが詞幸には知る由もない。

「まぁ詞幸がそこまで言うならいいけど……。お客さんの前で姉妹喧嘩すんのもみっともないしねぇ」

 言いながら、詩乃は詞幸と入れ替わるように脱衣所へと入っていった。

 汚れた制服を洗濯ネットに入れ、洗濯機にオシャレ着用洗剤と柔軟剤を投入する。

 スイッチを操作して迷うことなくドライモードを選択すると、白いドラム式の筐体が呻りとともに動き始めた。

「手慣れてるね。結構家事手伝ってるんだ」

「ん、まぁね」

 答えは視線を逸らしながら。

「ママも仕事だし、ウチ割と暇だし、香乃はあんま得意じゃないから、それなりに」

「ふうん。さっきのお説教もそうだけど、家族思いだよね。なんか上手く言えないけど、“お姉ちゃん”って感じで」

「へ、変なこと言わないでよ! 香乃がバカで役に立たないアホだから面倒見てやってるだけだし!」

「バカじゃないも~ん! 照れ隠しで妹を扱き下ろすのはんた~い!」

 聞こえてきた反論には取り合わず、彼女は言いにくそうに「それで」と続けた。

「制服は洗い終わったら乾燥機にかけるから、あと3時間くらいはかかると思うけど……」

 言外に、このあとどうするかを聞かれているのだとわかった。

 この格好で家に帰って制服はあとで取りに来るか、それともこのままここで待たせてもらうか。

 いま着ている詩乃の父親の服も返さなければならないし、楽で合理的なのは圧倒的に後者だ。

 しかし、女子の家に滞在するという選択を取るのが躊躇われるのもまた事実である。

 だが――

 有耶無耶になってしまったが、花火のときの出来事について、彼女からまだ明確な答えを聞けていないのだ。

 否定も肯定もされていない。

 先ほど急に走り出した意味も含めて、はっきりとさせておかなければならないだろう。

 と、思考と逡巡に時間をかけてしまったため痺れを切らしたのか、香乃が口を開いた。

「じゃあじゃあ、うちでお昼食べてったらいいと思いま~す! ご馳走しますよ? 作るのはお姉ぇですけど!」

 人任せな発言に詩乃の顔色を窺うが、特に反論する様子もない。

「そ、そうだね……じゃあお言葉に甘えちゃおっかなあ……」

「うん、わかった……。ちょっと時間かかるから、座って待ってて……」

 そう決まると、二人とも急にしおらしくなってしまった。会話がぎこちない。目が合っても、どちらもすぐ視線を外してしまう。

 ついさっきまでは、汚れた制服をなんとかしなければ、という緊急案件が目の前にあったため普通に話せていたのだ。

 しかしそれが片付き、お互いがお互いを意識せざるをえない状況になってしまっていた。

 相手のことが気になって仕方がないのである。

 その様子をニヤニヤと見守る存在に気づく余裕もないほどに。

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