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第197話 夏の過ち

(う~~~~なんか妙に緊張するんですけど~~~~……)

 詩乃(しの)は心中で呻った。表面上はうまく繕えているだろうか、その自信もない。

(やっぱ二つ返事でOKしない方がよかったかなぁ……)

 いまさらながらに後悔するが、このチャンスをなかったことにする勇気もないのだった。

縫谷(ぬいや)さんの家行くのって初めてだね。一軒家だっけ?」

「そーそー。つってもあんま広くないから未だに妹と相部屋なんだけどねぇ。ホント毎日うっさくて勘弁してほしいんだけどぉ」

 言葉の軽さとは裏腹に、家に近づくにつれて足が重くなっていく。

 詞幸(ふみゆき)を初めて家に招く――この状況になった経緯を説明しよう。

 今日は2学期初日で半日授業のため部活はない。活動熱心な部ならいざ知らず、わざわざ昼食を挟んで行うほどの活動内容が話術部にはないのだ。

 そのため詞幸に会う口実もなく、かといって自分から会いにくのもあからさまで憚られ、詩乃の心には靄がかかっていた。クラスメイトたちと戯れる気にもなれず、大人しくまっすぐ家路に着こうと下駄箱に向かった、そのとき。

「あ、縫谷さん。奇遇だね、一緒に帰らない?」

 たまたま詞幸に声をかけられ、心を晴らす光が差し込んだように感じた彼女は気が付くと「うんっ」と勢いよく頷いていたのだ。

 そうして部活のある日と同じように詞幸と下校していたその途上、

「この前貸してくれるって話してた漫画だけど、時間もあるし今日貸してくれないかな? 迷惑じゃなければ取りに行っていい?」

 という流れになり、詩乃は迷うことなく、どころか食い気味に承諾したのである。

 好きな男性を家に招くというのはいささか拙速な行動だが、20分前の詩乃はそのことを深く考えなかった。《二人きりの時間》という誘惑に抗えなかったのだ。

(落ち着けウチ。焦らずゆっくり仲よくなってけばいいんだから。いきなり大胆になっても引かれるだけだし、告るのはまだまだ先のつもりだし。でも、二人きり…………ヤバい、どうしよう! みーさんが今朝変なこと言ってきたからエロいことしか思い浮かばないんだけどぉ!)

 加速する妄想。しかし、その歯止めを詞幸がかけた。

「妹さん中学生なんだよね? 今日はお家にいるの?」

「あ“っ……」

 そうだった、と重大な事実に気づく。

 妹の香乃(かの)も今日は半日授業。加えて部活がないので早く帰ってくると言っていた。もしかするともう家にいるかもしれないのだ。

(うあぁ~~~~~。ダメじゃん。これ絶対ダメなやつじゃん!)

 これまでの香乃の態度を考えるに、どうせ『お姉ぇが男連れてきた!』とからかい、茶化し、冷やかすに決まっている。

 そう考えるとこの状況はマズい。二人きりを楽しむどころの騒ぎではない。

 いかに自分の視野が狭くなり、浮かれていたのかと思い知らされ嫌になる。

 やっぱり今日はなし、そう言おうとしたところ、不意に詞幸が神妙な面持ちになった。

「そっか…………。二人きりになれないなら、いま聞いた方がいいかな?」

「え、なに? なんの話?」

 話が見えず首を傾げると、詞幸は立ち止まり、言いにくそうに視線を外して頬を掻いた。

「縫谷さん、二人で花火見たときだけどさ………………俺のこと好きって言わなかった?」

「――――――――――――――――――――」

 時が止まったと思った。

 鬱陶しい日差しも、首筋を流れる汗も、蝉の合唱も、自分の思考でさえも、この世界のなにもかもが凍りついてしまったと思った。なにも感じられず、なにも考えられなかった。

 ただ、無。虚無。放心状態。

 しかし時の止まった詩乃の前で、詞幸はむしろ加速したように早口でまくし立てた。

「やっぱり違うよね!? 俺の自惚れだよね!? ごめんね急に変なこと言って!」

 恥ずかしそうに顔を赤らめてあたふたしている。

「いやあ、こんな勘違いするなんて恥ずかしい! 穴があったら入りたいよ! そりゃ縫谷さんも呆れるよね!」

 どうやら彼は、詩乃がなにも言えずに固まっているのは、呆れ果てて開いた口が塞がらないからだと思ったらしい。

「でもなんかあのときはそんな風に言われたような気がしたんだよ!? 聞き間違いとか花火が好きとかだろうと思ってあの場はスルーしたんだけどさ! あのあとの縫谷さんもテンションがちょっと高かったけど別に普通だったし! でもあとになって冷静に考えてみて、万が一、本当に万が一だけどあれが告白だったとしたら聞こえないフリしたみたいで最低だなと思ってさ!? もしそうなら直接聞かないとダメだし、学校で二人きりになる機会はなかなかないし、電車の中は周りに人がいるじゃない!? 縫谷さんが俺のこと好きなんてありえないのに――」

 ダッ、と。

 言い終わる前に詩乃は逃げた。

「え!? 縫谷さん!?」

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!???」

 わけのわからないまま視界が滲む。

 なにを言っているのか後ろから声が聞こえる。

「夏のバカヤロ~~~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!」

 過去の過ちも顔が熱いのもなにもかもを夏のせいにして、どこまでも逃げてしまいたかった。

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