第196話 ゆうべはお恥ずかしい限りで
特別教室棟の屋上前踊り場にて。
「昨日はすみませんでした!」
朝のSHRが始まる前、縫谷詩乃は上ノ宮御言から呼び出されていた。
そして顔を合わせた途端、深々と頭を下げられたのである。
「わたくしったら、詩乃ちゃんが詞幸くんを好きだという気持ちも知らず――いえ、知ろうともせず、独りよがりでデリカシーに欠けた発言をしてしまいました……。どうかお許しください!」
そんな不祥事を犯した有名人もかくやというような神妙な顔で謝罪をされては、受けた側は許すのを通り越してむしろ恐縮してしまう。
「い、いいっていいって、全然気にしてないし! むしろウチの方こそキツく言い過ぎたかもってくらいだし、友達なんだからあんくらいで怒ったりしないって!」
「ですが、お友達だからといってその気持ちを蔑ろにしていいというわけでは……」
「あ~もうほら、そんな泣きそうな顔しないで! みーさん顔上げて! ね!?」
なおも頑なに斜め45度の謝罪姿勢を続ける御言の体を無理矢理起こす。
「知らなかったんだから仕方ないって。ウチも誰かに言ったことないし、わかんなくたってみーさんのせいじゃないし、それに――」
詩乃はもにょもにょと唇を動かし、恥ずかしそうに言った。
「ウチもみーさんのこと言えないんだ。詞幸のこと好きだって認めるのがなんか癪で、自分を誤魔化してたとこがあるから……」
「いいえ、詩乃ちゃんはわたくしと違って、凄いです。自分の気持ちをしっかり自分のものとして口にできるのですから」
もじもじと指を動かして御言は言う。その視線はあらぬ方を向き、詩乃を直視できないでいた。
「正直なところ、実感はないのです。もやもやふわふわした感情の塊があるのはわかるのですが、これが恋だと言われても、いまだ半信半疑というか……」
「まぁ、最初はそんなもんっしょ。だってこれまで男の子を好きになったことないんでしょ?」
「はい……。ですから、やはり詞幸くんのことはまだお友達としか思えなくて……」
もじもじが激しくなり、耳が赤くなっていく。
「ですが、これまでの自分の行動を冷静に振り返ると、小説や漫画の登場人物――恋しているキャラクターたちと同じようなことをしていましたし、認めざるを得ないのかもしれません。ゆうべのこともお恥ずかしい限りですが、恋に浮かれているが故の行動だと、いまは認識しています……」
(うわぁ~、めっちゃ初々しぃ~! マジで初恋なんだぁ~)
その爽やかで甘酸っぱい雰囲気に詩乃は目を細める。
「それに、その……詞幸くんに…………性的興奮を覚えたこともありますし」
「性的興奮!?」
爽やかさと正反対の単語が飛び出し、声が上擦る。
「な、なぜ驚くのですか!? 詩乃ちゃんも彼のことが好きなのですよね!?」
「ちょっ、声が大きい……!」
始業式前のこんなタイミングでこんな所に来る人がいるとも思えないが、万が一にも他人に聞かれたくない話だ。
それを理解して御言は声のトーンを落とすが、興奮の度合い自体は変わらなかった。
「好きなのでしたら、貴女も彼の肉体に魅力を感じたことがあるはずですっ。恋愛対象とは、とどのつまり性的欲求を満たす対象でもあるということですよねっ?」
「ま、間違ってはいないと思うけどぉ……」
「なぜはぐらかそうとするのですかっ? わたくしは詩乃ちゃんのことを同じ想いを胸に秘める同志だと信頼したからこそ、このように胸襟を開いて打ち明けたというのにっ。これではわたくしがえっちなことに興味津々な変態さんのようではないですかっ」
「それは間違ってなくない?」
「まあっ、なんて酷いことを! もう怒りましたっ。詩乃ちゃんが彼に性的興奮を覚えたエピソードを語ってくれるまで、教室に帰してあげませんからね!」
「えぇ~~~~~~~~~~~~!?」
こうして、新学期は生々しい話で幕を開けたのだった。