第193話 夏の終わりに 後編
「具体的にさぁ…………なにをウチに相談したいワケ?」
肝心なのはそこだ。
(もし「詞幸くんとお付き合いするにはどうすればいいでしょうか」とか聞かれたらマジ中のマジで困るんだけど)
「はい。実は昨日、詞幸くんとちょっとした喧嘩のような状況になってしまったのです。彼の態度が気に食わず、『嫌い』だと言ってしまって……」
「へぇ。じゃあ仲直りの仕方とか?」
「いえ、結果として仲直り自体はすぐできたのです。ですが、問題はその過程にこそありまして……。『嫌い』と口にしたものの、その言葉が自分の心とかけ離れているようでモヤモヤしてしまったのです。だから――」
そこでまたもや言葉を詰まらせ、御言はなんとか続けた。
「わたくし、詞幸くんに『好きです』と言ってしまったのです!」
「え!? こ、告ったのぉ!?」
「違います! 思わず口が滑――いえ、言い間違えてしまったのです! 本心ではないのです! そう、彼のご機嫌を取るためのリップサービスです!」
話の前後で矛盾した言い訳である。
「――こほん。話を続けますね、肝心なのはそこではないのです。わたくしが『好きです』と言ってしまったせいで詞幸くんはそれを愛の告白だと勘違いしてしまいました。ですので、わたくしはそれが愛だの恋だのという話ではないと釈明したのです。そうしているうちに、友達として詞幸くんのことが好きだと皆さんも言う流れになってしまい、愛音ちゃんに好きだと言われた詞幸くんが……見たこともないような、とても嬉しそうな顔をしたのです。それで……」
「やきもちやいちゃったんだぁ」
御言はなにも言わなかったが、その沈黙こそが雄弁に語っていた。
(あぁ~、わかるなぁ~その気持ち。あれケッコー堪えるんだよねぇ……)
「そこで気づいてしまったのです。僅かですが、わたくしの胸に嫉妬心があるのだと。それが――ショックで。お友達のことを妬ましく思うなんて、彼のことをそんな風に想っていたなんて、自分では思いもしませんでしたから…………。――本題に入りましょう。相談の核心です。いえ、正確には相談とは少し異なりますが――わたくしが恋愛経験豊富な詩乃ちゃんに恥ずかしいお話を吐露したのは、これが恋ではないと確信したいからなのです」
「ん? んん? 恋してるって確信じゃなくて?」
「いいえ、逆です。わたくしはこの感情が恋心だとは思っていません。ペットが飼い主である自分意外に尻尾を振ったのが許せない、という独占欲に類するものだと思っています」
(うわぁ~、こじらせてるなぁ~)
「詩乃ちゃんにもそういうところ、ありますよね? 恋しているわけでもないのに独占欲が働いてしまうというような。詩乃ちゃんならわたくしに共感してくださると思ったのですが」
「え? ちょっと待って。なんでウチが共感するなんて思ったの?」
「だってこの前、詞幸くんとのデートを自慢してきたじゃないですか。わたくしのデートと張り合って。あれは《どれだけペットを手懐けているか》の勝負だったわけですよね?」
「うっ…………!」
勉強会のときのことを蒸し返されて詩乃は呻いた。
確かにあれは独占欲丸出し、対抗心剥き出しの痛々しい行いだった。自分でも熱くなりすぎてしまったと反省している。みっともなく恥ずかしい、消し去ってしまいたい記憶筆頭だ。
「詩乃ちゃん、わたくしのこの感情は恋ではない――ですよね?」
(うぅっ……なんて答えればいいんだろぉ~~~~~~~……)
まさか御言が恋のライバルになるとは思わなかった。
御言が詞幸のことを好きなのは火を見るより明らかだ。それを教え諭すことも、容易くはないが可能だろう。しかし、彼女はその感情を否定したがっている。
ここで彼女の望み通り、それは恋愛感情ではない、と話に乗ってあげるべきなのだろうか。
家柄も人柄も、人望も学力も――ついでに胸の大きさも――スペック面で負けている身としては、相手に塩を送るようなことはしたくない。
そもそも彼が愛音に夢中な以上、この勝負は始まる前から負けているようなものだ。それなのにさらなる対抗馬を増やしてどうする。
答えはもう最初から決まっていた。
「みーさん、それはね、恋だよ。みーさんは詞幸のことが好きなんだよ」
反論の余地を与えないように言葉を紡いでいく。斬りかかっていく。
「本当は誰かの後押しが欲しかったんじゃない? なんかいっつも頭がフワフワしちゃって毎日楽しくっておかしくなっちゃって、恋って自分じゃわかんないもんね。――みーさんはさ、自分が詞幸に恋してるのが悔しいんでしょ? 自分は相手のことばっか見てるのに、相手は全然自分のこと見てくんなくて、こんなのバカみたいって思ってるんでしょ?」
まるで自分のことを話しているようで笑えてくる。
「だからアイツのことを恋する価値がないみたいに言って強がってるんだと思うけど…………でもそれはもうやめて。アイツの――好きな人のことを悪く言われるのマジでヤだから」
「っ……!? し、詩乃ちゃん、ごごごめんなさい! そうとは知らず、わたくし…………っ」
そこで通話は切れ、詩乃はスマホを投げ出してベッドに仰向けになった。
「あ~あ。なぁにやってんだかぁ…………」
夏の終わり――それは、新しい季節の始まり。
それぞれの胸を焦がす熱さだけが、冷めないままに吹き荒ぶ。