第189話 勉強会ファイナル②
「詞幸って学校だとどんな様子なの? みんな教えてくれないかしら。この子ったら親に干渉されたくないお年頃なのか、学校でのことあんまり話してくれなくて困ってるのよ」
『干渉されたくないお年頃』だとわかっていながらこの集まりに我が物顔で参加してくる母親を咎めたい気分だったが、詞幸は口から出かかった言葉を飲み込んだ。
「一応話してるでしょ、それなりには」
「たまあに、ちょっとだけね。でも部活のことは全然話してくれなかったじゃないの。どんなことしてるのか母さんちっとも教えてもらってないんだから」
「どんなことって……別に大したことしてないよ。普通におしゃべりしてるだけだし。逆に聞くけど、この年になってまだ母親にベッタリでなんでも話すのって気持ち悪くない?」
「気持ち悪くないわよ。むしろ普通。母親が子供の学校生活を心配するのも普通よ」
「普通の親ならもっと子離れしてると思うけどなあ」
「わはははっ、ふーみんは意外と内弁慶タイプなんだなー」
親子のやり取りを見ていた愛音が大口を開けて笑う。
「会社に居場所がない中間管理職みたいに仕事とプライベートはキッチリ分けるタイプかー? みっともない外の自分を家族に知られたくないって感じで」
絶妙に悲しくなる例えだった。
「別にいいじゃないか、学校でのことを話しても。なにもやましいことはないだろー?」
「ま、まあ、そうだけど……」
愛音に言われては強く反論できない詞幸である。やはり内弁慶タイプと言えた。
「じゃあ改めてみんなに聞くけど、」
詞幸の母は居住まいを正して女子部員たちに向き直った。
「詞幸はちゃんと馴染めてる? 仲よくできてる? ハーレム状態だからって浮かれて変なことしてない?」
「そんな人聞きの悪い……。普通に友達として仲よしなだけだよ。変なことなんてしたことないって。ねえ、みんな?」
「そう、ですね………………」
「うん………………」
「…………ああ……」
「………………」
御言は俯き、季詠はスカートの裾を押さえ、愛音は腕で胸を隠し、織歌は無言で首を傾げた。
動作はそれぞれ違ったが、総じて詞幸と目を合わせようとしないのが共通していた。
「ちょっとなにその反応!? なんで目逸らすの!? 意味深な感じになるからやめてよ!」
動揺する詞幸。そんな彼に追い打ちをかけるような声が漏れた。
「うう……ぐすっ、わたくし、初めてでしたのに……」
「なにが!?」
御言は目尻の雫をハンカチで拭う。その布地の隙間から、いつの間に用意したのか目薬の小さな透明容器がチラリと見えた。
「詞幸いいぃぃぃ! あんた女の子になにしてんの!?」
「なんにもしてないよ! ほらアレ見てよ、ただの嘘泣きだって!」
「あんたこそ嘘つくのはやめないさい! あの純粋な涙が演技なワケないでしょ!」
まるで信じてくれない。息子への信頼度が薬品の透明度に負けた瞬間だった。
「ぐすっ……お気遣いありがとうございます、お母さま……。ですが、どんな恥辱を受けてもわたくしは詞幸くんのことを友達だと思っています……」
「ああ、アタシも男に見られるのは初めてだったから屈辱的だったが…………いや、あのことはお互い忘れたほうがいいだろう……」
「大丈夫だよ、月見里くん。私もあんなことで嫌いになったりしてないから。あは、ははっ……」
彼女らのつらい過去を乗り越えようとする気丈な振舞いには哀愁が漂っていた。
「被害者が加害者を庇うってどういうことなのかしら……。 ――はっ、まさか詞幸! 女の子たちの弱みを握って、抵抗できないのをいいことに人に言えないようなことしてるんじゃないでしょうね!」
「違うよ、逆だよ! 毎日こんな感じで人に言えないようなからかいを受けてるから母さんに話せなかったんだよ!」
このあと、性犯罪者の誹りは濡れ衣だと母親を納得させるのに彼は相当苦労したという。