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第186話  祭りのあと あとの祭り

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~う~~~~~~~~~~~~~~~…………」

 話術部で花火大会に出掛けた次の日、詩乃(しの)は自室で悶えていた。

 最近ではよく見られる光景ではあるのだが、今日のそれはいつもよりも重傷だった。

「死にたい………………」

 この発言は、昨日の自身の浮かれ具合を思い出してのものである。

 自分の恋心をハッキリと認めたとことまではよかったのだが、その直後から視界が開けたかのような高揚感に浮足立ち、『イチャイチャしようよ~』などとあからさまなアピールをしてしまったのだ。

「バカ丸出しじゃん…………」

 己の感情をコントロールできなかったことが恥ずかしくて仕方ない。

 その処理しきれない感情を発散することもできず、彼女は枕を抱えてゴロゴロと煩悶を続けているのだ。

 目が覚めてからずっと、である。

 もうそろそろ正午のチャイムが聞こえてきそうな時間だというのにベッドから離れられない。

 朝食も摂らないことを心配した家族が様子を見に来ても生返事ですべて追い返している。

 もう1週間で夏休みも終わってしまうのにまだ手つかずの宿題もあるという危機的状況にあって、しかし詩乃の精神状態はそれどころではなくなっているのだ。

「ウチ詞幸(ふみゆき)のことが好きなんだ…………」

 改めて口にすると、それは温かな実感を伴う宝物のようにも、目を逸らしたくなる恥部のようにも感じられた。

 どこからが始まりだったのかもわからない恋心。

 そのことを考えようとすると、これまでの行動の全てが恥ずかしくなってきてしまう。

 しかしその羞恥心に耐えて記憶を遡っていく――


 昨日、ギャップ萌えを狙って綺麗め路線の浴衣コーデをしたこと。

 はぐれないようにみんなで手をつなごうとなったときに、詞幸と御言がペアになったことにあからさまに嫉妬したこと。

 迷子たちを連れているときに二人の将来を夢想したこと。

 二人きりで花火を見上げていたときのこと。


 勉強会のとき、落ち着いた感じのファッションとメイクを選んだつもりだったのに、季詠にオシャレだとか綺麗だとか言われて焦ったこと。詞幸に会うのに気合を入れてきたと思われたくなくてイジワルをしてしまった。


 妹から再三にわたって詞幸のことを好きなのではないかと疑われたこと。傍から見るとそんなにわかりやすい態度を取っていたのかと思うと、消えてなくなってしまいたくなる。


 プールで、意外と引き締まっていた彼の肉体に胸が高鳴ったこと。少しムラムラした。

 そして、詞幸が愛音のほかに胸の大きな女性陣に見惚れていたのが悔しかったこと。スタイルのよさに自信はあるが、バストサイズの小ささは詩乃が唯一自身の弱点として認める部分だ。楽しかったが、女としてのプライドが傷ついた思い出でもある。

 

 ――いくつもの場面で、自分が詞幸への想いを確かなものにしていたのだと、恋の予兆を見せていたのだと思い知る。

「てか、そんなん自分でもわかってるし……」

 そう、詩乃は淡い恋心が生まれつつあるのを自覚していたのだ。

 自覚していながら、しかし、それを認めようとはしなかった。

 それは――なんか悔しいから。

 初めて会ったとき、『コイツはないな』と思ったのだ。頭のてっぺんから爪先まで観察し、言葉を交わした感覚を基に、それまでの経験と照らし合わせて、理性的かつ合理的に。

 しかし付き合いが長くなるうちに、そんな彼への印象が変わっていった。

 惹かれていったわけではない。ただ、『友達としては悪くない』と思っただけだ。

 それだけで恋に落ちたりはしない。恋心が芽生えたのは――

「やっぱり、あんときかぁ……」

 いまから1か月ほど前、夏休みが始まったばかりのとき、詩乃が面倒な男たちに絡まれている場面で詞幸が助けに入ってくれた、あのときである。

 別に大したことをしてもらったわけでもない。詩乃がこれまで合コンで知り合ってきた男たちならば、おそらく同様の機転を利かせることができただろう。

 だから恋のキッカケとしては不適切。彼が特別な存在になる理由にはならない。

 しかしあのとき、『友達としては悪くない』が『恋人としても悪くない』になったのは確かだ。

「あ~~~~~~~~~~~~~~~~う~~~~~~~~~~~~~~~…………っ!!」

 あまりにもつまらない理由。しかしそんなつまらない理由がキッカケだから、詩乃は自分の気持ちを、『なんか悔しいから』というつまらない理由で否定してきたのだ。

 理性が下した『コイツはないな』という判断を、女としての本能が『コイツしかいない』と上書きしたのである。なにか負けたような気分になってしまうのは当然だった。

「でも………………………………好き」

 最終的にはその結論に辿りつき、あとになって自身の行動の甘酸っぱさに悶え苦しむ、というループを、彼女はこのあとも延々と続けるのだった。

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