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第185話 夏の夜空に咲く花は⑱ 本気だったのに

 ひと際大きな火花が煌めきながら広がっていく。

「た~~~~~~~~~~~まや~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 そのとき、静かに花火に見入っていると思っていた詩乃(しの)がいきなり大声を上げたのだ。

 同じように静かに見ていた詞幸(ふみゆき)は虚を突かれ形だった。

「はははっ。どうしたの、随分とハイテンションだね」

 それでも流れが急なだけで行動自体は普通のものだ。彼は特に訝しむこともなく笑いかける。

 しかしその後の行動は動揺せざるを得ないものだった。

「えへへ~」

 次の打ち上げが始まるまでのインターバル。花火が弾けた空から地上へと観客たちが視線を戻すタイミングで、なぜか詩乃は唐突にしなだれかかってきたのだ。

縫谷(ぬいや)さん!?」

「ん~? なぁに?」

 身体を密着させ、腕に腕を絡めたかと思うとぎゅうっと抱きしめられる。

 柔らかな感触が腕から伝わり、全身を支配してしまったかのようだった。

「あたってるんだけど……」

 そう申告すると、彼女はくすぐったそうに笑った。

「別にいいじゃん。イチャイチャしようよぉ~」

 甘えるような声。抱きしめる力は弱まるどころか逆に強まった。

「今年の夏は彼氏できなかったんだからさぁ。代わりに詞幸で我慢してあげるからぁ~」

「ほら、でも、恥ずかしくない? 周りにいっぱい人がいるし……」

 さきほどから周囲の視線が気になって仕方ない。

 いや、実際に見られているのかどうか、知るのが怖くて確認することができていないのでわからないのだが、見られているという確信めいた羞恥心はどんどん湧き上がってくるのだ。

「へぇ~、ふぅ~ん、そっかぁ~」

 ニマニマとからかうような表情を浮かべる詩乃。

「な、なに?」

「周りに人がいないようなところならいいんだぁ」

「へ!?」

「詞幸のえっちぃ~♡」

 艶然とした囁きが、吐息とともに耳を撫でる。

(――っ!! これはヤバい!!)

 髪をまとめた詩乃の浴衣姿は大人びたもので、いつものギャルスタイルよりも色香が強く感じられる。

 その破壊力に詞幸がクラッとしかけたところ、

「あっ、やっと見つけました」「おーい、お前らー!」「二人とも待たせてごめんね?」

 御言(みこと)愛音(あいね)季詠(きよみ)の3人がやって来たのである。

「…………お前らなにやってんだ?」

 はたと立ち止まり、愛音が平坦な声で呟く。彼女が冷たく見つめるのは、詩乃が詞幸の腕に抱きついている光景だ。

 そして抱きつかれた方である詞幸も顔を赤くし、鼻の下が伸びてまんざらでもない様子。

 仲睦まじさを感じさせるツーショットだった。

「こ、これは違うんだ!」

 弁解のため、その柔らかな拘束を振りほどこうとする詞幸だったが、

「えっ、なんで放してくれないの!?」

 口を膨らませて睨んでくるだけで、詩乃は一向に力を緩めようとしない。

「……詞幸はウチに触られるのヤなの? ウチのこと嫌いなの?」

「嫌いじゃなよ!? 嫌いじゃない、けど…………」

 詩乃の意図がわからないまま、さらに強く胸を押し当てられて詞幸は当惑するばかりだ。

「………………しののんにデレデレするなんて見損なったぞ、ふーみん!」

 声を震わせ語気を荒らげて愛音は憤慨する。

「そんな小さなおっぱいに骨抜きにされるとはな! お前はアタシと同じ巨乳好きの仲間だと思ってたのに失望した! 裏切られた気分だ!!」

「怒るのそこ!?」

「それだけじゃない、そのあばずれビッチにいいように弄ばれてるのが情けないと言ってるんだ! こいつがお前みたいな冴えない男を本気で相手にするわけがないのに、遊ばれているんだとなぜ気づかない! アタシはお前をそんな風に育てた覚えはないぞ!」

 そもそも育てていないのだから覚えがないのは当然だったし、『冴えない男』認定に深く傷ついた詞幸だったが、それを指摘することはなかった。愛音の言葉で気づいたことがあったのだ。

「はっ! まさか縫谷さん、この状況を狙ってこんなことを…………!?」

 これまで幾度となく詩乃にからかわれてきた詞幸は彼女の意図をこう結論づけた。

「おかしいと思ったんだよ、急に『イチャイチャしようよぉ~』なんて。愛音さんたちに気づいた縫谷さんは、わざと一悶着起こして慌てふためく俺を嘲笑おうとこんな行動に出たんだね!? くう~っ、あやうく俺に気があるのかと騙されるところだった! なんて策士なんだ!」

「………………え?」

 詩乃はポカンと口を開け、しかしすぐさまいつもの調子で嘲笑した。

「きゃはははっ! いまごろ気づくなんて詞幸ってばホントバカ! ウチがアンタ相手にガチでこんなことするわけないじゃん!! バーカバ~~~~~カ!!!」

 彼女の虚しい嘘とともに、祭りの夜は更けていくのだった。

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