第184話 夏の夜空に咲く花は⑰ 所詮恋なんて
男と女が星の数ほどいるっていうなら、恋の数は無数に存在する。それでもたいていの場合は上手くいかない。そのほとんどはいつか輝きを失っちゃうから。
恋は素敵だけど、ただ好きというだけじゃ叶わないし、敵わない。
恋に憧れて、恋の素晴らしさを知るウチにはわかってる。
綺麗な薔薇に棘があるように、綺麗な恋にも棘があるって。
所詮恋なんて打算でできてる。本当に大切な気持ちを守るためなら、ちょっとでも隙を見せたライバルは問答無用で蹴落とすし、友達にだって平気で嘘をつく。
それもこれも今を生きるため。今を大切に生きろ、なんてフレーズは色んな曲で歌われてるし色んな映画で語られてて、もはや常識レベルどころか飽き飽きするほどだけど。
人生は短い。たかだか16年程度しか生きてきてないから平均寿命を考えればあと70年は生きられるはずけど、それはあくまでも“はず”。決まってるわけじゃない。
お涙頂戴の映画みたいに、病気とか事故とかで劇的に、もしくはあっけなく、人生は途切れちゃうんだ。
でも、恋はもっとあっけない。命の寿命と恋の寿命は違うし、とにかく恋は脆い。
恋は簡単に死んじゃう。
どんなに相手のことが好きでも、結婚するほど大切な相手だとしても、仕事とか家事とか子育てとか夢とか、ほかのなにかに恋心は殺される。好きだった気持ちも忘れて、ほかのなにかが優先されちゃって、どうでもよくなって殺される。
所詮恋なんてそんなもの。
でもそんなのイヤじゃん。バカみたいじゃん。
人を好きになる気持ちがそんなものより劣ってるなんて、ウチはイヤだ。上手く言葉にできないけど、悲しくて、寂しい。
だからウチは完璧な恋がしたい。
限られた時間の中で、たくさんの星の中から一生を共に生きる誰かを早く見つけたい。こうしてる間にも零れ落ちる時間。一緒にいられる時間を大切にするために、恋を1番にしていられるように、すべてが完璧な人と巡り合いたい。仕事とか家事とか子育てとか夢とか、そういう全てが恋の上に行かないように、恋が1番の人生を送るために。
だから――
――だけど。
どうしても気になってしまう。
コイツは、ウチにとってなんなんだろう。
スペックで考えれば、悪くはないけどよくもない。普通の人。
それに、ほかに好きな女の子がいる。
別に、だからって退く理由にはならない。その気になれば振り向かせることはできる。絶対できる。でも、そうするだけの価値が、そうするだけの意味が、コイツにあるとは思えない。
もっといい男はいっぱいいる。実際に何人も知ってる。
フツーに考えて、コイツを選ぶ理由が一つも見当たらない。
――だから。
だけど、だけど――
歩調を合わせてくれるのが嬉しかったり、沈黙が気まずくなかったり、一緒に帰るのが楽しみだったり、自分には向けてくれない表情がイヤだったり――
なんでそんな風に感じちゃうんだろう。なんでこんなに苦しくなっちゃうんだろう。
もう、ダメなのかもしれない。
なんていうか、あ~あ、って感じ。
所詮恋なんて、打算とか計算とか理屈をすっ飛ばして、知らない間に始まっていたりするもので、コントロールなんてできないんだ。知ってるけど、ずっと忘れてた感覚。
ホントダサい。
ちょっと優しくされただけで、素の自分を褒めてくれただけで、こんなになるなんて。
ダサすぎて、気づかないフリしたり誤魔化したり、そっちの方が何倍もダサいのに。
ウチらしくない。こんなダサいのはウチの生き方じゃない。
だってウチの座右の銘は全身全霊。決めた。いま決めた。何事も全力で、言い訳しない。
だから、だから――
認めなくちゃ、この気持ちを。言い訳しないように、誇れるように。
空に向かって子供みたいに無邪気に歓声を上げる横顔を見つめる。
花火の音と心臓の音が重なる。
「――」
短く、一言。
花火に掻き消されて、誰の耳にも届かないようなかすかな声。
でも、口に出してみると、なぜだかしっくりきた。
自分が言うべき言葉はこれなんだ、って胸にすぅっと溶け込んでくる。
夜空に咲いて、散ってゆく大輪の花。
さっきまで蕾だったのに、この胸にもいま、小さいけれど花が咲いた。
どんなに小さくても、この花は散らせたくない。
大切に育てていこう。
溢れる気持ちを声に乗せて、でも伝えるのはまだとっておきたくて、代わりに思いっきり叫んだ。
「た~~~~~~~~~~~まや~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」
夏の終わりに、新しい季節の始まりを感じて。