第183話 夏の夜空に咲く花は⑯ 花火が照らす
体の中まで響くドン、ドンという音に急かされるように川沿いの土手を昇ると、すでに多くの人が歓声を上げていた。
「うわあ、綺麗だねえ。テレビでも大きな花火大会の中継やってるの見たけど、生で見ると格別だよねえ」
「ほんとそれ。やっぱ生で見ると『これぞ夏!』って感じがするわ~」
音楽にのせて幾つもの花火が夜空に咲いては散っていく。
夜を湛える夏の空は光の花畑となっていた。
「ウチさぁ、なんか夏休みのイメージと被るんだよねぇ。一瞬で盛り上がるんだけど気づいたらもう終わってる! みたいな」
「はははっ、わかるわかる。花火と同じで夏休みも儚いよねえ。こんな短いんじゃ宿題なんて終わんないよ」
「あ、バカ詞幸! ヤなこと思い出させないでよ!」
「え、もしかして縫谷さんもまだ……?」
「いいのいいのそんな細かいことは。どうせ花火みたいに儚く終わるんだから、ツマンナイことなんか忘れてめいっぱい今を楽しんだ方がいいんだって。怒られたらそんときゃそんとき!」
「怒られるってわかってるならちゃんとやろうよ……」
座って落ち着けるような場所はもう残っていなかったが、二人は立ち見ができそうな場所を見つけてそこに滑り込んだ。
するとタイミングを見計らったかのように詩乃のスマホが振動した。
「あ、やっとききっぺから連絡。『いま終わったから場所教えて』だって」
「けっこう時間かかったね。でも合流できそうでよかったよ」
詩乃は自分たちがいる場所の位置情報を送り、それから隣に立つ少年を見上げた。
「きゃははっ、アンタもう待ちきれないって顔してる! 早くナッシーと一緒に花火見たいんでしょ~?」
その顔は色とりどりの光に照らされつつも、喜びの色が濃くなったのがわかる。
「てかナッシーと二人っきりのがよかったんじゃな~い?」
「ちょっと、茶化さないでよ。確かにそういう状況には憧れるけどね」
詞幸は困ったように笑う。
「でも俺だって空気ぐらい読めるんだから、友達といるときにそんな無粋なことは言わないよ」
「友達――ねぇ。問題はナッシーがアンタのことを、それこそただの友達としか思ってなさそーなところなんだけどね~。友達を大事にするって綺麗ごともいいけどぉ、ちょっとは男として意識される努力をした方がいいんじゃない?」
「うっ……痛いところをついてくるね……」
本当に痛そうに胸を押さえるあたり、彼も大いに自覚しているらしい。
「でも“異性として”じゃなくて“友達として”だとしても、コツコツと距離を近づけていくことは大切だと思うから……。そう思わない? 思うよね?」
縋るようなその問いには答えず、詩乃は逆に質問を返した。
「ところでさぁ――まぁ、いまの話とも関係するんだけど――アンタは男女の友情を信じる派? 信じない派? ウチの持論は、『男女の友情もあるにはあるけど同性同士ほど強い友情にはなりえない』、なんだけど」
「え? でも縫谷さんとは普通の男友達よりも仲いい友達だと思ってるけど? 部活とか学校帰りとか一緒にいる時間も長いし」
「……………………………………」
「……え、うそ、もしかして俺って友達だと思われてないの!? 友情を感じてたのは俺だけ!?」
「はぁ……まさか詞幸がウチと友達なんて対等な関係になれてると思い上がってるとは思わなかったわぁ……」
「え、なに、対等じゃないの!? 上ノ宮さんみたいに俺のことペットかなにかだと思ってる!?」
「どっちかってぇとデキの悪い弟? いや、デキの悪いオモチャかな?」
「せめて普通のオモチャであってほしかった!」
どうあっても遊ばれる存在だということに反発すら抱かない憐れな彼を、詩乃はお腹を抱えてケタケタ笑うのであった。
「てかナッシーと二人きりのがよかったんじゃな~い?」
(ウチと二人きりじゃ嬉しくない? そういう顔、ウチにもしてほしい)
「友達を大事にするって綺麗ごともいいけどぉ、ちょっとは男として意識される努力をした方がいいんじゃない?」
(じゃあウチは女として見られる努力をした? 友達って関係に逃げてなかった?)
「でも“異性として”じゃなくて“友達として”だとしても、コツコツと距離を近づけていくことは大切だと思うから……。そう思わない? 思うよね?」
(思わないよ。ウチが欲しいのは友達の距離じゃないから)
「え? でも縫谷さんとは普通の男友達よりも仲いい友達だと思ってるけど?」
(わかってるのに。わかってたのに。『友達』って言葉でこんなダメージ喰らうなんて思ってなかった)
「……え、うそ、もしかして俺って友達だと思われてないの!? 友情を感じてたのは俺だけ!?」
(コイツの察しの悪さがありがたいなんてね。皮肉なもんだけど)
「せめて普通のオモチャであってほしかった!」
(上手く笑えてるかなぁ……笑えてるといいな)