第179話 夏の夜空に咲く花は⑫ ぎゅぅっ
「こりゃまずったわ……」
「まずったね……」
花火の打ち上げ時刻が近づき、祭り客の数はピークを迎えている。
どこを見ても人、人、人。迂闊に立ち止まることもままならない。
そんな状況で彼らは、
「もぉ~っ、アイツらどこいっちゃったのよ~!」
見事にはぐれていた。
先刻愛音が危惧していたとおりになってしまったのである。
「どこでいなくなったのかわからないよね」
詞幸の呟きに詩乃は頷く。
ここで重要なのは、はぐれたのは詞幸たちではなくほかの3人だということである。
愛音、季詠、御言の3人は彼らのうしろ側にいたのだ。脇の露店に心奪われて足を止めていたら気づかないだろう。だが詞幸も詩乃も背後から押し寄せてくる人波に流されるように前へ前へと進んでしまっていたのだとしら。
愛音の子供っぽさに加え、幾分落ち着いてきたとはいえ御言のはしゃぎようを考えれば十分考えられる話だ。
「あ、待って。いまスマホが鳴ったっぽい」
詩乃がスマホを取り出す。画面を覗き込むと呆れ顔になった。
「なんだって?」
「『御言と愛音が型抜きに夢中になっちゃったから先に行って花火見てて。あとでまた連絡する』ってさ。ききっぺから」
「ああ~、予想どおりの展開……」
「遊びに来ても子守りなんてホントよくやるわ。今日はいつものちんちくりん+世間知らずのお嬢様で余計に大変そうだし」
二人揃って同情の吐息を漏らし、このままここにいても仕方ない、と歩を進めることにした。
「じゃあ縫谷さん、――――じゃなくて、俺のバッグ掴んでよ。俺たちまではぐれたら大変だから」
「…………」
一部分、詩乃にはまったく聞き取れない部分があった。それは詞幸の声が蚊の飛ぶようなあまりにも弱々しいもので、周囲の喧噪に掻き消されてしまったからである。
しかし、一瞬見た口の形、視界の下で動いた彼の左手を見れば答えは明らかだった。
「ぷぷっ」
それが面白くて、返事の代わりに噴き出して詩乃は彼の手を取った。
「縫谷さん!?」
「なに慌ててんの? ウチと手ぇ繋ぎたかったんでしょ?」
「ちがっ……俺はただはぐれないようにしたかっただけでっ。ほら、さっき手を繋ごうって流れになったから――」
「うわぁ、そんな言い訳してまでウチと手ぇ繋ぎたかったん?」
「だ~か~ら~っ――ていうか、俺と手を繋ぐのはいいの?」
彼の言葉は詩乃の元カレとのエピソードを思い出してのものだ。
「ウチは初デートでがっつかれるのがヤなのっ。詞幸とは2回目だし、それにもう腕組んで歩いた仲じゃん。なにをいまさら」
と、詩乃は眼前の少年の顔がガチガチに強張っているのに気づいた。
「ぷぷっ、手ぇ繋ぐくらいで緊張しすぎっ。きゃははっ、マジキモい! 別に女の子と手ぇ繋ぐの初めてじゃないっしょ? いい加減慣れなって~」
「そりゃあ……女子とだって握手くらいするし、帯刀さんとも繋いだことあるけど……やっぱりドキドキするよ」
その手を通して動揺が伝わっていると思って観念したのだろう。下手に隠そうとせず、開き直ったように詞幸は言う。
「ふわふわしてるし、柔らかいし。さっき上ノ宮さんの手を握ったときも、なんかもうバクバクでヤバかったよ。やっぱり普通こういうのは恋人同士でやるべきだね」
無駄と思いつつ、最後に遠回しな抵抗を差し込む。
「えぇ~? 恋人同士ってのはぁ、」
それを察してか、詩乃の手がパッと離れる。かと思うと再び詞幸の手に触れ、そして指がスルリと絡まった。
「こういう風に繋ぐの❤」
艶めかしい囁きとともに詩乃が身体を摺り寄せる。
「こ、これって――!」
詞幸は息を呑む。
いわゆる恋人繋ぎだった。
普通に繋ぐよりも密着している表面積が大きく、当然破壊力も大きい。
「――――――――――」
彼は口をパクパクさせることしかできなかった。
「きゃははははははっ! ほんっと詞幸ってからかい甲斐あるわぁ~~~~!」
ケラケラ笑う詩乃の横で、詞幸は黙ったまま心の中で叫ぶ。
(早くみんな来てくれえええぇぇぇぇ! このままじゃ俺の身が持たないからああああぁぁぁぁぁぁ!!)