第17話 弱い女
「安心しろ、ふーみん」
愛音はポンポンと詞幸の肩を叩く――つもりだったのだが、頭より高く手を上げなければ届かなかったので、面倒だと思って代わりに肘を叩いた。
「そのワケワカラン活動内容は前任の顧問が考えたもんで、いまの顧問は小難しいことなんか言わないから。気楽でいいところだぞ、話術部は」
「話術部」
初めて耳にする単語を脳に馴染ませるように復唱する。
「その名の通り、話術を身につける部活だな」
「話術部は顧問が変わっても、やっぱりコミュニケーション能力を鍛える活動をしてるの? 手帳に書いてあった、ほら、えっと――」
言葉を探すように中空に視線を彷徨わせた。
「ゲイコミュニケーション? だっけ?」
(酷い間違え方!)
季詠は心の中でツッコんだ。正しくはゲーミフィケーションである。
「ゲイ♂――? ああ、あれな。あれのことな」
どうやら愛音も間違いに気付いていないらしい。
「アタシたちはそんなことはしない。いや、それどころかなんにもしない」
彼女はふふんと鼻を鳴らして起伏のない胸を張った。
「え……なにも?」
目を丸くする詞幸の反応が期待どおりだったのか、むふーと満足げに息を漏らして愛音は答えた。
「そうだ、なんにもしない。日々の活動ノルマもなければ長期的な目標もない。我々は自由気ままに、お喋りして、お菓子食べて、マンガ読んで、ゲームして、そして帰る! 話術部はまさに、楽して生きることを本懐とするアタシのためにあるようなぐーたら部活なのだ!」
「恥ずかしいからそんなことを誇らないで……」
季詠は肩を落としながら弱々しく反駁した。
と、そこで疑問の声が上がる。
「帯刀さんも話術部なんだよね? 意外だな。真面目なイメージだったから、そういうぐーたら部活に入るなんてさ。やっぱり愛音さんと同じ部活が良かったから? それともまさか、意識高い系スキルを身につけるため?」
「うーん、そうじゃなくて……話術部って、いまの顧問の先生に去年から変わったらしいの。だからその先生は顧問歴1年なんだけど――」
季詠は首を左右に振る。
「今年の春、3年生の卒業で部員が0になったらしくて、『受け持った部活が1年で廃部じゃ評価に傷がつくから助けて!』って泣きつかれて――」
「ええーー」
「キョミは人に頼られると弱いからなー」
「それ以外にも『授業の準備もあるのに新卒に無理矢理顧問やらせるなんて酷いと思わない?』とか『休日も出勤続きで、ひと月休みなしなんだ……』とか疲れ切った顔で言われて――なんだか可哀想になっちゃったの……」
「学校の先生って大変なんだね……活動が適当でも仕方ない、ということにしてあげよう……」
聖職者と呼ばれる教師の闇を感じた一行だった。