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第178話 夏の夜空に咲く花は⑪ 言葉の暴力

「!」「!」

 それは愛音(あいね)の下駄を直してからすぐ、再び人の流れに乗って移動しようとしたときだった。

 すれ違いざまだったので季詠(きよみ)は初め人違いかと思った。

 しかし思わず2度見すると相手も同時にこちらに気づいたのだ。

 季詠は気遣いのできる少女である。そして恋愛という存在を大切にする少女でもある。

 相手のことを(おもんぱか)り、二人の時間を邪魔してはいけないと考えるのは当然のことであった。

 だから、互いに驚いて声を出さなかったのは幸運だ。声を上げたら周りに気づかれていただろう。

 ここはこのまま話しかけない方がいいだろう、と刹那のうちに考え、沈黙とともにアイコンタクトを送った。

 その意図を相手も察し、やはりアイコンタクトで謝意を伝える。

 一瞬の邂逅。それでこの場は丸く収まる――はずだった。

 しかしながら残念なことに、彼女らの中には気遣いのできない――否、あえて“しない”タイプの少女がおり、()しくも背後を振り返り気づいてしまったのだ。

「おおっ、ルカじゃないか! こんなところで奇遇だな!」

 愛音が不躾に声をかけると、季詠は手で額を押さえ、織歌(おるか)は踵を返して逃げようとした。

「おんやー? もしやそちらにいるのは普段から惚気(のろけ)ている彼氏さんかなー?」

 実にわざとらしい口調で織歌の隣に並ぶ人物に言及する。その顔はニヤニヤと笑っていた。

 この行為が織歌にとって大きなダメージになるとわかっているのだ。

「くっ…………………………」

「ほらルル、友達だろ? 挨拶しないと失礼じゃないか」

 短髪の少年が織歌と繋いだ手を引っ張る。リードを握られた犬のように逃亡に失敗した彼女は恨めしそうな目を彼に向けた。

「わ、わたしをいまその名で呼ぶな!」

「なんだ、いまさら照れてるのかよ。ごめんね、みんな。ルルのやつこんな調子で」

「彼氏(づら)するな!」

「いや彼氏なんだから彼氏面するだろ」

「ていうかいつまで握ってんだ、さっさと手を放せ!」

「お前が繋ぎたいって言ったんだろ」

「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!(声にならない声)」

 傍から見ればなんとも微笑ましいやり取りなのだが、織歌は機嫌を悪くしたようだ。

 だが、話術部のほかの面々もこの二人に興味津々である。

「こんなところで奇遇ですね。今日はデートなのですか?」

「ねぇねぇ、コジャっち。彼氏のことウチらにも紹介してよぉ」

 しかし織歌は顔を赤くして仏頂面のまま黙り込んでしまったので、恋人である少年は自ら名乗った。

「初めまして、でいいんだよね? オレD組の篠原(しのはら)光志(こうし)。サッカー部なんだ。ヨロシク」

 快活に笑う姿はまさにスポーツ少年といったもので、日頃の練習の賜物であろう引き締まった肉体と日にやけた肌が印象的だった。

 織歌とは対照的、どころか真逆と言っていいパーソナリティーを感じさせる。

 詞幸(ふみゆき)たちが各々短く自己紹介を返すと、光志は改まった調子で言った。

「こんな感じで気難しいやつだけど、意外と可愛いところもあるんだ。これからも仲よくしてやってよ」

「保護者気取りもやめろ! あと人前で普通に可愛いとか言うな!」

 掴みかかって抗議するルカ。見てる方まで恥ずかしくなってしまいそうな照れっぷりだが、このイジり甲斐のある場面で、しかし愛音の声は真面目なトーンだった。

「そんなに恥ずかしがることじゃないだろ。ルカは可愛い。特に今日はおめかしして一段とな」

「は、はァっ!?」

 当の本人から素っ頓狂な声が上がるが、決して愛音がデタラメを言ったわけではない。

 いつも飾り気のない、無味乾燥とすら言えるスタイルを貫くあの織歌が、髪を編み込み、髪飾りをつけ、メイクをして、涼し気な水色の浴衣で華やかに装っているのだ。

 彼氏の前で少しでも可愛くありたいという表れ。それはまさに恋する乙女そのものである。

「ふ、ふんっ、どうせわたしのことをからかって笑うつもりなんだろうっ」

「そんなことない。アタシは嘘で女を可愛いなんて言わないぞ」

 ツンとした織歌にやはり落ち着いた声で説くと、仲間たちもそれに追従した。

「俺は愛音さんの言ってること、そのとおりだと思うよ」

「ええ、いつもの凛とした佇まいもよいですが、そういった可憐な姿も魅力的ですよ」

「ほら、アンタ素材はいいんだからもっと自信持ちなって」

「なんだか表情までキラキラしててとっても可愛いと思う」

「う、ううっ……」

 口々に褒め称える部活の仲間たちに織歌は狼狽(うろた)える。

「可愛いぞ」「可愛いよ」「可愛いです」「可愛いって」「可愛い」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 羞恥心が臨界点を突破し、それは絶叫となって轟いた。

「このっ――お前ら覚えてろ!! 今度会ったらただじゃおかないからな!!」

「お、おいルル! どこ行くんだよーぉ!!」

 彼女は光志の手を振りほどき、捨て台詞とともに走り去ってしまったのだった。

「彼氏の前だから褒めてやろうと思ったんだが……やりすぎだったかー」

 過ぎたるは及ばざるがごとし。一同は大いに反省したという。

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