第176話 夏の夜空に咲く花は⑨ ダダ漏れの欲望
「うおっ」
屋台巡りを続行していたところ、急に愛音がつんのめった。
詞幸は心配そう覗きこむ。
「大丈夫? どこか痛めてない?」
「ああ、ちょっと躓いただけ――あー、下駄の鼻緒が切れちゃったみたいだなー」
愛音は詞幸の腕を支えにして下駄を脱いだ。
「鼻緒が切れると縁起が悪いなどと言いますけれど、凶兆でなければよいのですが……」
「ミミは心配性だなー。どうせ単なる経年劣化だろ。例によってこの浴衣一式は小学生のときから使ってるからなー」
プールに着てきた水着も小学生のときからの愛用品だったが、彼女が高校一年生という事実を考えれば、それはあまりにも物悲しい。
詞幸は言葉を選んだ。
「愛音さんは物持ちがいいからね……。でもどうしようか。これ簡単には直せないよね?」
「大丈夫、私に任せて」
ここで頼もしく一歩前に出たのは季詠だ。
「こんなこともあろうかと応急処置用の紐は持ってきてるから、すぐ直せるわ」
「さっすが帯刀さん、用意周到だね! もしかしてこうなることを予知してたの?」
「あははっ、私にそんな超能力はないよ~。ただ浴衣と同じで下駄って年に1、2回しか履かないから、劣化してても気づかないでしょ? 念のため用意してただけ」
謙遜するとともにあたりの様子を窺う。
「でも……う~ん……ここだとほかの人の邪魔になっちゃうし、鼻緒の長さを愛音の足に合わせて調整しないといけないからどこか座れる場所に行かないと」
「ですがこれだけの人出があるのに片足で移動は危ないですよ?」
「んー……それなら、ふーみんにおんぶしてもらおう。な、いいだろ?」
考えたのは一瞬で、愛音はすぐに答えを出した。
「そりゃ俺はもちろん構わないけど」
むしろ願ったり叶ったりだ。
「ちょ、ちょっとナッシー、落ち着いて考えてみっ? ……いいの?」
これに異を唱えたのは詩乃である。
その端的な問いに、しかし愛音は詩乃が意図したことを汲み取って頷く。
「ああ、お前の言いたいことはわかる。これはラブコメでの定番シチュだ。主人公がおんぶしたヒロインのおっぱいが背中に当たるという、全世界の青少年が憧れる、な」
そうして自らを親指で差す。
「だが安心しろ。アタシには押し当てるだけの胸がない――ってなに言わすんだボケーっ!」
「そんなこと言わせたつもりないんだけど!?」
悲しいノリツッコミだった。
「むしろアタシがキョミをおんぶしておっぱい押し当てられたいわー!!」
「持って、それじゃ本末転倒だから!」