第171話 夏の夜空に咲く花は④ 芽生える感情
「みんなでこれを食べませんか?」
御言は屋台で買ってきたものをビニール袋の中から取り出した。
「ロシアンたこ焼きです!」
「おーっ、ミミはこれに心惹かれてはぐれたんだなー」
確かに彼女が好きそうな遊び心のある商品である。
「この中の1個に激辛ハバネロソースが入っているそうです。これを順番に食べてハラハラドキドキ気分を味わいましょう!」
そう言うと、たこ焼きのパックをスッと詞幸の前に差し出した。
「え、俺から?」
「はい、ボーイファーストですっ」
「聞いたことのない単語だね……」
詞幸は警戒する。彼女が単なる親切心で行動することなどないのだ。
ソースの香りが食欲をそそる球体の数は6個。かつお節が踊っており、どれもとても美味しそうだ。
しかし当たり前だが、外見からはどれがハズレなのかまったくわからない。
「……これさ、俺から回って誰もハズレじゃなかったら最後の1個は誰が食べるの?」
この場にいるのは5人。タコ焼きは6個。必然的に1つ余る計算だ。
この問いに、御言はニコッと笑って答えた。
「詞幸くんは育ち盛りの男の子ですから、特別に1個余分に食べさせてあげます」
「ええええええ! 恩着せがましく言ってるけどそれって俺がハズレ引く確率が高くなるだけじゃん!」
「おい、なに言ってんだよふーみん! ミミがボーイファーストって言ったろ!? 男を立ててやろうっていうアタシらの貞淑さがわからないのか!」
「そうだそうだ! ウチらだって余分に食べたいんだよっ? でも女だから出しゃばっちゃいけないと思って一歩下がってるのに! 淑女の気遣いを無駄にするのっ?」
「それならもっと淑やかにしてほしいんだけど……」
ニヤニヤ笑いを浮かべて煽る愛音と詩乃。言い争いの多い二人だが、こんなときは息ピッタリだ。
「でもまあ、ハズレを引かなければいいだけだし、」
そう言って詞幸は爪楊枝を手にした。
「ハズレの確率もそんな高くない辛ぁッ!!」
噛んだ瞬間、生地の中からトロリとしたハバネロソースが流れ出して口の中に広がった。
「おいおいいきなりかよー!」
「うふふふふふふふふっ、すごい顔になってますねっ」
「きゃはははっ! 運わっる~!」
「がはっ、ぐふ……っ!」
(めっちゃ辛いいいいいいいい!! パーティー用のおふざけじゃなくてガチのやつだ!!)
喉が嚥下を拒絶して何度も噎せる。
しかしここで吐き出すわけにはいかない。手で蓋をして無理矢理飲み込んだ。
「水! 水!」
辛みが口内を蹂躙し続けている。なんでもいいから液体で流し込んでしまいたい。
「あ、ウチの飲みかけならジュースがあるけど」
詩乃がかご巾着から小さなペットボトルを取り出した。
「ちょうだい! それちょうだい!」
詩乃が回し飲みを気にしないタイプであることはカラオケに行ったときにわかっている。
「えぇ~、でもぉ、間接キスになっちゃうからぁ、恥ずかしくてあげらんなぁい」
「ここにきて恥じらいの芽生え!?」
急にぶりっ子になった詩乃にいいように弄ばれ、彼女らの嘲弄の中で辛さとの戦いを続けるしかないのだった。