第170話 夏の夜空に咲く花は③ はぐれないように
祭り会場は川沿いの土手とその周辺の通りにある。
詞幸たち5人は濁流のような人の波に乗って屋台が並ぶ道路を泳いでいく。
今日は織歌も紗百合も来ていない。織歌は彼氏との約束があるらしくすげなく断られてしまったし、紗百合には会場が学校に近いということもあり、『特定の生徒と仲よくしているところを見られるのはマズいわ』とこちらも遠慮されてしまったのだ。
「やっぱ祭りはワクワクするなー。おい、しののん。周りの迷惑になるからあんまりはしゃぎすぎるなよ!」
「ナッシーこそ浮かれてはぐれないでよね~? 迷子センターまで迎えにいくの恥ずいから」
楽しそうに言い合いをする愛音と詩乃。二人とも祭りの雰囲気に高揚しているようだ。
しかし、このなかで一番はしゃいでいるのは御言だろう。
「まぁっ、 まぁっ、まぁっ!」
瞳をキラキラと輝かせ、道路の両脇にズラッと並ぶ屋台を忙しなくキョロキョロと見ている。
「これが夏祭り! たくさんの人、凄まじい熱気、なんて賑やかなのでしょう!」
その光景はあまりにも微笑ましく、皆の口元もついつい緩んでしまうほどだ。
「はははっ、なんだか初めて城下町にやってきたお姫様みたいだね」
規模の大小はあれど夏祭りなんて毎年どこの街でも開催されるだろうに、御言はどうや間近で見たことすらないようだ。いくらやんごとなきお嬢様といえども、とんでもない箱入り娘っぷりである。
「でもすごい人混みだし、よそ見してたらはぐれちゃうから気をつけ――って早速いない!!」
「あれ?」「噓!?」「さっきまで後ろにいたのに……っ!」
言っているそばから忽然と姿を消した御言を見つけようと全員であたりを見回す。
「あっ! あそこにいんのみーさんじゃない!?」
「ほんとだ! いつの間にあんなところまで……」
道の反対側のたこ焼き屋に後姿が確認できた。しかしその間には多くの人々が行き交う。
「もぉ、あのコは! ウチとききっぺで連れてくるから詞幸たちはそっちで待ってて!」
少人数の方が動きやすいから、と取りつく島もなく行ってしまった詩乃の指示で、詞幸と愛音の二人は屋台の切れ間から歩道に入って待機することにした。
「なー、ふーみん、ふーみん」
すると、愛音にちょいちょいっと手招きされた。なぜか小声で。
二人きりだというのに秘密の話をしたいらしい。腰を折って愛音の高さに耳を近づける。
「なに? 愛音さん」
「その後、ミミとはどうだ? 進んでるか?」
言われるまで忘れていた。愛音は、詞幸が御言のことを好きだと勘違いしているのだ。
「もう夏も終わりだぞ? ひと夏の思い出に大胆に攻めてみるのもいいんじゃないか?」
「だ、だから愛音さん! 俺は別に上ノ宮さんに恋してるわけじゃないんだって!」
「わははっ、わかってるわかってる! お前は大事な友達だからな、アタシに任せとけ!」
全然わかっていなかった。詞幸としては『大事な友達』と言ってくれるのは大いに嬉しかったが、人の話を聞いてくれないのは困りものである。
愛音は詞幸のことを、“自分の気持ちに素直になれない世話のかかるヤツ“と認識しているのだ。いくら否定の言葉を重ねても取り合ってもらえない。
「ご迷惑をおかけしました。大いに反省しています……」
さらに弁明をしようとした矢先、シュンとした様子の御言を連れて詩乃と季詠が戻ってきた。
「初体験なのでテンションアゲアゲMAXヘブン状態になってしまって……」
「それマジで反省してる?」
詩乃は半目で睨んだ。
「まーいいじゃないか。それより、人通りが多いし、はぐれたら大変だから手でも繋がないか?」
愛音は季詠の手を握りながら言った。
確かに、こうも祭り客がいては5人という人数でも固まって動くのは困難だ。
「ほら、ふーみんとミミも。ミミはか弱いお嬢様なんだから、もしものことがあったら大変だろ?」
そう言ってウインクをする。『任せとけ』とはこういうことか、と御言を見ると、彼女ははにかんだ様子で俯いていた。
愛音に促されたこの状況で、手を握りたくないなどと言えるはずもなかった。
「……いい?」
詞幸が短く聞くと、彼女は無言で頷いて手を重ねてくる。
(うわああああ――やっぱ女の子の手って柔らかああああっ!)
緊張がそのまま伝わってバレてしまうのではないか。そう思ってしまうほど、彼の拍動は乱れに乱れた。
「ねぇ……ウチは?」
と、一人余ってしまった詩乃が不機嫌そうに言う。
「別にそんな子供っぽいことしたいわけじゃないけどさぁ、なんかハブられてるみたいでめっちゃムカつくんだけど」
「あー悪い悪い。しののんはこっちなー。アタシが手を繋いでやろう」
そうして、愛音は左右の手を季詠と詩乃の二人と繋ぐこととなった。
つまり、身長の低い愛音が真ん中となっているのである。
「なんだかロズウェル事件みたいですね」
「アタシは宇宙人か!」
言い出しっぺの愛音の反対により、手を繋ぐのはナシになった。