第169話 夏の夜空に咲く花は② 褒め言葉
「よっすよっす~」
軽薄なノリでやって来たのは詩乃だ。いつもの挨拶でひらひらと手を振るその姿は、しかし常とは印象が異なる。
「今日はなんだかちょっと大人な雰囲気だね」
詩乃といえば巻き髪、というイメージの強かった詞幸には、シンプルな簪ですっきり後ろにまとめられたヘアスタイルが新鮮に映った。
加えて浴衣も落ち着きのある黒地で、彼女の好むペールピンクの花柄があしらわれているものの全体的に飾り気は少ない。
むしろ御言が着てきた襟や帯をレースで飾り付けたような派手な浴衣こそ、詩乃が着てくるだろうと思っていたのだ。虚を突かれたと言っても過言ではない。
「いやあ、いつもの姿とギャップがあってビックリしちゃったよ」
「へ、変――かな……?」
耳にかかった髪を撫でつけながら、詩乃は伏し目がちに言う。
「ああ、馬子にも衣装だなー」
もちろんこれは詞幸の言葉ではない。こんなことを言う人物は話術部には一人しかいなかった。
「わはははっ、上手いこと普通の女に擬態したところで溢れ出るビッチオーラは隠せないぞー?」
季詠と連れ立って現れた愛音は詩乃を指差し嘲う。
対する詩乃も言われっぱなしではない。口に手を当て、いつもの調子で馬鹿にする。
「ぷぷっ、そんなこと言ってウチの浴衣姿が羨ましいんでしょ~。ちんちくりんで貧相なナッシーには出せない大人な魅力だもんねぇ~」
愛音の着るピンク色の浴衣は一般的なデザインのものではなかった。
帯の結びが蝶の羽のように広がっており、下半身部分がフリルのついたミニスカート状になっている。
詩乃の浴衣姿が“静”だとするならば、愛音のそれは“動”を表現していると言っていい。
まさに対照的な出で立ちだった。
「どうせその浴衣も小学生のときのがピッタリだったんでしょぉ?」
「ぐっ――、確かにそうだが…………それがどうした! アタシはバインバインでグラマラスな体型に憧れてるが、このロリロリ体型にだって誇りはあるんだっ。人はそれぞれ自分の武器を持っている。いまのアタシはその武器を最大限に活かして可愛くしてきたんだ!」
「その結果がそんな子供っぽいコーデなわけぇ? きゃははっ」
「なにをー!」
「ちょっと、二人とも喧嘩しないでよ!」
彼女らの間に割って入って詞幸は言う。
「そんなにムキにならなくたって、今日の縫谷さんは大人っぽくて綺麗だよ!」
「え? あ、あんがと…………」
「それに愛音さんの浴衣も可愛いよ! 子供っぽくなんてない! まるで、」
彼は愛音に感じるときめきを力強く言葉にした。
「アイドルソシャゲの浴衣SSレアみたいで!!」
「…………お前、それは誉め言葉なのか?」