第16話 イミワカンナイ
詞幸、愛音、季詠の3人は連れ立って部室に向かっていた。
渡り廊下の先、特別教室棟の最上階が、文化部の部室が並ぶ目的地だ。
「ところで二人って何部なの?」
自分が掃除のための労働力として誘われたとも知らず、体験入部をする者として至極当然の疑問を詞幸は口にする。むしろ本来ならば活動内容を確認するのが先であるはずだが。
「「…………」」
しかし部員であるはずの少女二人は、互いを見合わせて言い淀んでしまう。
「え、なにその反応!? なんか変なことする部活なの!?」
嫌な予感がして後退る詞幸。
「い、いやーその――」
立ち止まり振り向いた愛音は、しかし視線を合わせようとしない。
「活動内容が意識高すぎてアタシもよくわかってなくて……」
「実は私も……」
申し訳なさそうに季詠も俯いた。
「顧問の先生から部の目的を教えてもらったんだけど、聞いただけじゃ頭に全然入らなかったの。口じゃ説明できないけど、一応メモは取っておいたから……」
言いながら鞄から花柄の手帳を取り出す。
ページを繰ったところではい、と手渡された。
「えーと、なになに」
薄いピンク色の紙の上には、書写のお手本のように整った文字でこう書かれていた。
「コミュニケーションは現代社会においてマストスキルである。プレゼンテーション、カスタマーのコンセンサス獲得、ステークホルダーとのネゴシーエーションなどで、ベネフィットを生むことができる。逆説的には、ハレーションを起こす蓋然性を内包しているとも言える。近年、パラダイムシフトによって個人のコアコンピタンスが重視されるようになったことから、この部は、マストスキルをゲーミフィケーションや実践的なブレインストーミングなどのメソッドによって獲得することをアジェンダとし、ファジビリティのあるスキームによって、更なるブラッシュアップをコミットするためにローンチされたものである」
文字を追うに連れて皺が深くなっていった眉間は、読み終えた頃には梅干しのようになっていた。
(なんやねん、これぇ~?)
心の中のツッコミもおかしくなるほど理解しがたい文章である。
そこに季詠が苦笑交じりに要約した。
「要はコミュニケーションを上手く取れるようになりましょうって部活――だと思ってる」
単純明快ながらも自信なさげな説明である。
この説明を受けて、詞幸はこう返さざるをえなかった。
「こんな変な言葉を使う人とコミュニケーションできるとは思えないよ」
愛音もうんうんと力強く首肯するのだった。