第164話 勉強会リベンジ⑨
「ちょ、ちょっと、母さんまだお菓子食べてないわよ!」
「はいはい、あとで持って行ってあげるから、部外者は出ていってください!」
失言を失言だと気づかず、しかもお菓子目当てでなおも居座ろうとする残念な母を力づくで追い出し、詞幸は一息ついた。
「ふう……それにしてもイタリアなんてすごいね」
誰かが口を開く前に詞幸は話を振った。
ここで、面白いお母さんだ、などと気を遣われては余計に惨めな思いをするだけだ。それだけはどうしても避けたかったのだ。
そんな彼の心情を慮ってか、御言も間を置かず言葉を返す。
「すごいなどと言うほどのことでもありません。海外なんてしょっちゅう行っていますから。わたくし、お嬢様なので」
海外旅行の思い出話は、どんなに言葉を選んだところで庶民には自慢話にしか聞こえないものだ。どころか、謙遜するとむしろ嫌味に聞こえたりもする。
ならばいっそ、御言のようにおどけて自慢された方が素直に興味を持って聞けるのである。
「へえー、やっぱりすごいね。じゃあイタリアも初めてじゃなかったの?」
「2回目ですね。今回は1週間行ったのですけれど、お天気に恵まれてとてもいい思い出になりました。前回は悪天候で行けなかったカプリ島の青の洞窟がそれはもう幻想的で――」
御言が語るイタリアでの思い出を聞きながら、イタリア土産のビスコッティに舌鼓を打つ。
皆、訪れたことのない異国に想いを馳せて興味津々だった。
「――そしてサン・マルコ大聖堂を最後にヴェネツィアに別れを告げて帰国したのです」
「はぁ――いいなぁ、イタリア。私も行ってみたい」
「ね~。あ~あ、海外旅行とかしてみたいなぁ。ウチもお金持ちだったらよかったのにぃ。もしくは妹がいなければお金に余裕があったのにぃ」
「うふふっ、それなら今度の海外旅行は一緒に行きませんか? ユリちゃんも誘って話術部全員で」
「いやそりゃ行きたいけどさぁ――」
「費用は全部こちらで持ちますよ?」
「「「「「えっ……」」」」」
事もなげに放たれた言葉に皆が絶句する。
「実は……わたくしだけでは勇気が足りず、行きたいのにどうしても行けなかった観光名所があるのです。でも皆さんがご一緒してくれるのなら、こんなに心強いことはありません。かかる費用はわたくしが自由にできる全財産に及ぶでしょうが、得難い経験に比べれば金銭的な負担など安いものです」
「それって――」
つまり話術部全員分の旅費を御言のポケットマネーで賄う、というのである。
高校生の身分でそれだけの金銭を自由にできるという財力も恐ろしいが、しかしなによりも恐ろしいのは、それだけの条件を出すに足る『行きたいのにどうしても行けなかった観光名所』の存在だった。
どんな恐ろしい場所なのだろうか。
詞幸は意を決して訊ねた。
「それってどこなの……? やっぱりイタリアのどこか……?」
「いえ、イタリアにもありますが、世界中わりとどこにでもあるようです」
「? どこにでもあるのに観光名所なの?」
「はい、でも日本にはないのです。文化の違いと言いますか、日本ですると逮捕されるようなことを楽しむ場なので」
「犯罪なの!? それってまさか、」
(マリファナ・ショップ!?)
マリファナ――大麻は、日本においてはその使用が法により禁じられ、危険なドラッグとして認識されている薬物であるが、諸外国においてはいささか事情が異なる。
政府や法の管理下の元で、アメリカの一部の州、ウルグアイ、スペインでは合法とされ、それ以外の国でも、違法だが罰則なし、というグレーゾーンの存在として扱っているところも多い。
イタリアでも大麻のカジュアル化は進んでおり、専門店が全土に拡大しているのだ。
(でも、いくら合法国に行っても日本人がマリファナを使うのは違法のはず。ここはちゃんと止めないと!)
「それってまさか、マリファ――」
「はいっ、ヌーディストビーチですっ!」
「ヌ――――――ッ!?」
詞幸の予想は外れた。しかし、どちらにしろヤバい場所であることに変わりはなかった。