第159話 勉強会リベンジ④
トレイに人数分のコップを持って部屋に戻ると、陰湿ないじめが発生していた。
「ほらほらききっぺ~。このコは胸でナニを挟んでるんだと思う~?」
「やめて詩乃! そんなもの見せないで~!」
「おのれー! そんな下品なものをキョミに見せつけるんじゃなーい!」
詩乃がなにやら本を開いて季詠に見せつけようとしていた。季詠はきつく目を瞑り、顔まで背けて頑なにそれを見ないようにしている。
「…………なにしてるの?」
「あっ。ふーみん、コイツを止めてくれ!」
愛音は詩乃と季詠の間に割って入ってその蛮行を阻止しようとしていた。
「このままじゃキョミの心が穢されてしまう!」
「え――あっ、それ俺の!」
どうやら段ボールの中にあった詞幸所蔵の18禁漫画を読ませようとしているようだ。
「縫谷さん……っ!」
非難の目を向けるも、詩乃はあっけらかんとしてこんなことを言う。
「ほら今日勉強会じゃん? ウチも教わってばっかじゃ悪いかなぁって思って、こっち方面に疎そうなききっぺに授業してあげてたの」
「こんなの勉強なんて言わない! ただの嫌がらせだもの! 私はそんなこと知りたくない!」
「ほらほらぁ、そんなこと言わないでちゃんと勉強しないと~。こんなの義務教育レベルだよ? 知らないと恥ずかしいよ? うりうりっ」
ニヤニヤ笑いのまま、詩乃は悪びれもせず続けた。
「好き嫌いはダメじゃん、ききっぺ~。自分が知りたいことだけ勉強したって立派な大人にはなれないんだよ~?」
ここだけを切り取れば至極真っ当なことを言っているように聞こえる。
「でもまぁ、もう十分愉しんだし、そろそろ勉強始めよっか?」
と、詩乃は漫画を閉じて伸びをした。
「ききっぺ、ごめんね? ほら、もうしないから」
「…………本当? もう目開けて大丈夫?」
「うん。だいじょぶだいじょぶ」
詩乃が優しく答えると、季詠は恐る恐る、ゆっくりと目を開け、
「なんて嘘~!」
詩乃がすかさず開いたページを見てしまった。
「きゃあぁぁぁ! やっぱりぃぃぃ!」
嬌声が部屋に響くと、詩乃はその手を緩めるどころか逆に「きゃはははっ!」と愉快そうに笑って別の本を手に取った。
「あ~、誰も入ってない雪原に足跡つけるみたいな背徳感がたまんないわ――て、うっわ、こっちの本でも挟んでるしっ。アンタどんだけ巨乳好きなの?」
「ほっといてよ!」
流れ弾の被害に遭いながら詞幸はその様子をハラハラと見ていた。
女子相手に力任せで本を奪いたくないし、かといって所有者である自分にも責任の一端があるのではないかと感じてしまう。
そして彼女はといえば引き続き詩乃の悪行に憤っていた。
「しののん、やめろ! ピュアなキョミに汚らしい男の裸を見せるなんて言語道断だ! 性癖が歪む!」
「はぁ? 別に変なもん見せてるワケじゃないし~。歪むどころかむしろ普通じゃん?」
「おいっ、いまどき男女の恋愛が普通だと捉えるなんてナンセンスだぞ! 男も女もそれ以外も平等に扱うのがジェンダーレス社会の第一歩になるんだ!」
さきほど自分で男の裸を『汚らしい』と評していたのを棚に上げた論説だった。
「というわけだから、ふーみん! 早く百合ものエロ漫画を持ってきてキョミに読ませて汚れを中和するんだ! 巨乳とロリのイチャラブものがベストだぞ!」
「どっちにしろエッチなのはいやぁぁぁ~ッ!」
残念ながらと言うべきか幸いなことにと言うべきか、詞幸は百合ものエロ漫画を持っておらず、詩乃の攻撃はそのあとも続いたのだった。