第155話 お姉ぇがなんか変③
やっぱり最近のお姉ぇはおかしい。
香乃はそう思い始めていた。
お風呂上がりのスキンケアが一工程増えたし、鼻歌交じりにスマホを見る機会が多くなった。
ファッション誌を研究する時間が増えたし、母親から料理を教わることが多くなった。
それと、単純に可愛くなった。
香乃にとって姉の存在は憧れでありながらもいずれ超えるべき壁であり、その魅力が増していることは、ハッキリ言ってしまえば羨ましく妬ましい。
だが妹の目から見ても思うのだ。前よりも可愛くなった、と。
なにがどう変わったと明確に言語化するのは難しいが、敢えて表現するなら――
(なんか女性ホルモンとかフェロモンとかドバドバ出てる気がする!)
――である。
なぜそんな変化が起きたのかと言えば、十中八九”恋をしているから”であろう。
だがビッチのクセに変にウブなところが残っているのか、
「お姉ぇあの細マッチョの人好きなんでしょ?」
「ソンナコトナイヨ」
詩乃は頑なに否定し続けている。
姉の恋愛事情は気になるし心配だが、このままストレートに聞いても素直に答えてくれそうにない。
そう考えた香乃は一計を案じた。
姉妹共有の部屋で詩乃は大量の服を引っ張り出し、身体に当てつつ姿見で確認していた。
明日なに着ていこうかな、などと迷っている風である。
「こっちは前着てったし――こっちは――う~ん、張り切りすぎに見えるかも……」
「ねぇねぇ、なんかお姉ぇ楽しそうだけど明日合コンにでも行くの?」
絶対違うとわかっているが、わざと的外れな質問をする。
「んー? いやちょっとね~」
どうにもハッキリしない返答。だが、言葉を濁すということは隠したいなにかがあるという証左でもある。
「もう合コン行くのやめてよね。これまであたしが合コンに行ったときさぁ、『きみのお姉さんとデートしたことあるよ』って言う人たちと何回も会って気まずい思いしてんだから」
「うっさいな~。合コンなんて別にもう行か――」
そこでハッとした詩乃は一度口を噤んだ。
「――もう行かなくていいっしょ? 三股してるんだから」
「チッ」
露骨に舌打ちしてしまうほどにいまのは惜しかった。あのまま口を滑らせてくれれば、
『合コンなんて別にもう行かないし』
『は~い、自白いただきました~! 合コン行かないってことは好きな人ができたってことですよね~? んん~っ?』
と煽り散らす流れに持って行けたのに。
だが、まだ弾はある。とっておきのが。
「いや~、それが三股バレないように動くのが面倒だったから全員フッちゃった( *´艸`)」
「アンタ地獄に落ちるよ……」
「まぁまぁ、気にしない気にしない――んでね、いま絶賛彼氏募集中なワケ。だから出会いが欲しいんだけど……う~ん、お姉ぇは合コンやめてくれないのかぁ……」
続く言葉は、腕を組んで悩んでいるフリをしてからだった。
「あっ、そうだ。あたしもう合コン行くのやめるからさぁ、代わりにあの細マッチョの人紹介してよ!」
「え゛ぇ゛っ……!?」
露骨に嫌そうな顔。
それは本当に思わず顔に出てしまったようで、
「ちがっ、違うの! いまのはそういう意味じゃないからね!」
詩乃は手をブンブン振り回して否定しようとする。だがもう遅い。香乃は嗜虐芯からくる愉悦たっぷりに口角を上げた。
「なにが違うんですかぁ~っ? あたしに好きな人取られるのが嫌なだけでしょぉ~っ?」
「だから違うって何度も言ってるでしょバカ香乃! 詞幸はそういう対象じゃないの!」
「へ~、フミユキっていうんだその人~。あたしもフミユキさんに会いたいな~。中学生はガキっぽくて全然ダメ。やっぱ彼氏にするなら年上だよね~」
「アンタねぇ!」
顔を真っ赤にして怒鳴る詩乃だが、香乃はそれが激昂して赤いのではないと確信していた。
「いいじゃん紹介してよ~。だってフミユキさんのこと別に好きじゃないんでしょ?」
「うぐっ! …………す、好きじゃないよ?」
「なら別にあたしが会っても問題ないじゃ~ん」
「でも、でもっ……」
そこで言葉に詰まり、口をもごもごと動かす。やっと出てきたのは、こんな言葉だった。
「…………アイツ、ロリコンだし」
「ほらーっ! そんな誤魔化し方してやっぱりあたしに取られるのが嫌なんじゃ~んっ!」
「ホントなんだってば! アイツはガチのロリコンなの!」
「またそうやって言い訳ばっかして! 好きならとっとと告ってくればいいじゃん!」
この後もギャアギャアと小一時間ほど姉妹の言い合いは続いた。